劇評

F/Tで上演された各作品、企画についての劇評アーカイブです。
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犬死にのために、臭いものにはフタを――ピーチャム・カンパニー『復活』

堀切克洋

1.
原稿執筆がおおいに遅れてしまった。

当初はやわらかい口調だったフェスティバルの担当者からの催促も、冬の訪れとともに次第に厳しさを増し、最終的には「いい加減にしてくれませんか、ホリキリさん」という感じになって現在に至っている。おそらく、この企画に原稿を依頼されることは、もう二度とないだろう。この間、東京にはめずらしく雪が積もり、そして解けていった。

正直に言えば、この文章で扱うことになっているピーチャム・カンパニーの『復活』は、昨年秋のフェスティバル/トーキョーで最も面白いと感じた作品だった。たとえわたしが、この欄で扱っている鳥公園とピーチャム・カンパニー、そしてwonderlandの劇評講座で扱ったジェローム・ベルPort Bの作品以外には、わずか1本(バナナ学園)しか見ていなかったとしても。

だから、『復活』の劇評は、すぐに取りかかるはずだった。しかし、実際にはそうはならなかった。その原因のひとつには、ホリキリの遅筆というのがある。それは間違いない。正確に言えば、生まれながらの「だらしなさ」である。わたしは、散々飲んだ帰り道に酔っ払った勢いでマクドナルドに立寄り、ポテトのMを買って帰るような男なのだ。原稿執筆も、古びたウィンドウズのように起動が遅い。

それは否定しない。しかし、ほかにも原因はあるのではないか。なぜなら、わたしはそれでも、「だらしない」なりに、ここまでやってきたからだ。しかも、この2か月のあいだずっと、鞄のなかには『復活』の上演台本が入っていたのである(実話である)。わたしは、この上演台本とともに年を越して、2012年を迎えたと言っても過言ではない。そして、その理由を考えてみることで、ようやく筆が動きはじめたのである。


2.
この間、ピーチャム・カンパニーという劇団にはひとつの大きな体制的変化があった。

劇作家・清末浩平の退団である。

この経緯については、2012年初頭に、劇団のホームページに公表されたばかりであるが、わたしなりに要約すれば、いざ舞台化(演出)の段階になってみると、台本に書き込んだことがうまく舞台化されていない、という不満を清末はずっと抱いてきたというのだ。

念のために確認しておくと、ピーチャム・カンパニーは、2010年初頭に劇団サーカス劇場(2001年旗揚げ)と、劇団地上3mm(2005年旗揚げ)が統合されて生まれた劇団である。清末は、劇団サーカス劇場の脚本・演出を手がけていた。そしてピーチャム・カンパニー結成とともに脚本提供に専念することになった。

その清末が、ピーチャム・カンパニーの旗揚げ連続公演ののち、2010年秋に上演された『口笛を吹けば嵐』(2010年10月、theatre iwato)、『オペレッタ 黄金の雨』(2011年3月、タイニイアリス)、そして『復活』(2011年10月29日〜11月4日、都立芝公園集会広場)を経て、次のようなことを書くに至ったのである。

「私は、それらのオリジナルストーリーの脚本をピーチャム・カンパニーが上演した舞台に対して、不満を抱いていました。それらの舞台は、私にとっては、自分の作りたい演劇ではなく、自分の観たい演劇でもなかったのです」。

劇評を書くときには、上演台本が手に入るなら、それを参照して書くのが通例だ。記憶だけで書くと、どうしてもあやふやな箇所が出てきてしまうからである。今回も例外ではなく、わたしは観劇後に受付で販売されていた上演台本を購入した。制作の森澤さんという方にご挨拶もした。「非常に面白い舞台でした。すぐに劇評を書かせていただきます」と。なのに、それから3か月が経過してしまった。本当に申し訳ない思いだ。

しかし、自宅に帰って上演台本を読み直しているうちに、「舞台で見たもの」よりも台本はかなり精緻に書かれているということがわかってきた。古くさい言い回しをするなら、「芸が細かい」とでも言うべきか。だから、これは舞台演出がつまらなかったという話ではない。ただし舞台は、多分に演出家の川口典成による仕事の功績が大きい。しかしそれゆえに、清末が台本のうえで行った仕事が、どうしてもそこから「漏れてしまう」のである。


3.
ピーチャム・カンパニーの『復活』については、少なくとも三名の評論家・演劇人がすでに評価を述べている。

ドイツ文学・演劇が専門の新野守広氏は、『シアターアーツ』第49号所収のコラムのなかで、ライトアップされた東京タワーが真正面に見える絶好の借景を利用したこの作品が、1960年代後半の小劇場演劇に依拠した「情熱的な演技」、「軽トラックとタクシーの疾走感」、「センスのいい選曲」、「屋外空間をダイナミックに使う演出」、「引用をふんだんに使って構成された物語」を通じて、現実における「絶望的な怒り」を伝えることに成功していた、という評価を与えている。

イギリス演劇が専門の小田島恒志氏も、『悲劇喜劇』2月号所収の対談のなかで、「ちょっと盛り込みすぎてた気もするけど」と若干の留保を加えつつ、「屋外の空間を広く使って」いて、「物語も面白く構成されて」いた作品だったと述べる。そのうえで、登場人物や劇団名から「ブレヒトに傾倒していることがよく分かる芝居」で、「ストーリー的にスムーズに進まないところも、カット割り的に場面を捉えて見ていると、叙事演劇をやりたくて作った話なんだということがよくわかる」とも言う。

演劇集団円に所属し、現代イギリスの戯曲翻訳を多く手がけている芦沢みどり氏は、劇評サイトwonderlandに寄稿した文章のなかで、「野外の劇空間をダイナミックに使ったフィジカルなスピード感」が、「主筋の男女の激しくも切ない愛の物語」を支える「目もくらむほど矢継ぎ早に乱反射するイメージ」と噛み合っていたと評価する一方、東京タワーをめぐる前提が「主筋を無駄に複雑化して分かりにくくしただけのような気がする」と述べる。

全員が共通して述べているのは、「野外劇のスペクタクル性」が、「複雑な物語展開」とあいまって面白かった、ということである。しかし同時にこれは、「面白かったが、複雑だった(よくわからなかった)」ということも意味しているのだと思う。


4.
『復活』は、2011年3月11日の大地震によって原発問題が顕在化した後の「ある女」の物語である。女は、5月に福島のドキュメンタリー番組(アナログ放送)で「置き去りにされた犬」が映っているのを見て、安楽死させてやらなければと思い、「メッキー・メッサー」というナイフを通販で購入して、福島に乗り込んだ。そのときに20キロ圏内まで連れていってくれたタクシーの運転手を「パトラッシュ」と呼び、みずからを「ネロ」と名乗る。

しかし、ネロは「置き去りにされた犬」を目の前にして、ナイフで殺すことはできなかった。その代わりに、パトラッシュがナイフを手にとり、最終的に20キロ圏内に「置き去りにされた犬」のすべてに死を与えることになったのである(以降、パトラッシュはメッキー・メッサーを名乗るようになる)。東京に戻ったふたりは、東京タワーに登って街を見下ろすが、東京の街は何ひとつ変わっていない。その事実にネロとパトラッシュ(=メッキー・メッサー)は愕然とする。

ネロは、殺された犬たちの断末魔の悲鳴の幻聴に悩まされるようになり、「遠くへ行きたい」と願うようになる。一方、パトラッシュは、死んだ犬たちの恨みを鎮めるために、東京で無差別に犬殺しを行うようになる。そんな秋の夜長に、ピーチャム・カンパニーという劇団(?)が、震災後の東京の人々の不安を抑えるために、「東京タワー復活祭」という祝祭(ショー)を開催するに至る。

彼らのショーでは、2011年に日本自体が「警戒区域」となり、日本国民は全員がアメリカに逃れたというフィクショナルな設定で芝居がはじまる。半減期に半減期を重ね、ようやく日本列島に人間が居住できるようになった数百年後に、日本州の人間が東京へと戻ってくる。そして遺跡と化した東京タワーの「復活祭」をはじめるのである。だが、その復活祭の中継は突然、砂嵐となって、ノイズと野犬の声が混じって中段されてしまう。

舞台は、この「東京タワー復活祭」という劇中劇からはじまる。いや、というよりもこれは、「復活祭」という形を借りた東京タワーに関するレクチャーだと考えたほうがよい。「東京タワーは西暦1958年、東京を中心とした関東一円のテレビ、ラジオのための、総合電波塔として建てられたのですが、〔......〕民衆はこのタワーを、復興の象徴として仰ぎ見ていたのです」。東日本大震災の瓦礫の山が、戦後の焼け野原を想起させたというのは、しばしばなされた指摘だ。

しかし、東京タワーはもう少し複雑な象徴性を担っている。「これは、アメリカが朝鮮半島で戦争をしたときに使われたときに使われた戦車の鉄です。いわば、我が合衆国の軍事力の平和利用なのであります。さらにはご覧ください、あの塔の、赤と白との横縞を。見上げる夜空に星が光れば、まさに我々の星条旗、合衆国の象徴たるスターズ・アンド・ストライプそのものではありませんか!」という具合である。『トリビアの泉』で有名になった話だ。

意外と知られていないと思うのは、東京タワーの足下には1956年に南極地域観測隊とともに南極へと渡った(そしてその多くが「置き去り」にされて死んだ)15頭の樺太犬たちの像があるということだろう。奇跡的に生存したタロとジロは、1983年に高倉健主演『南極物語』(2011年には『南極大陸』として木村拓哉主演でドラマ化された)によって有名となったが、劇中の「ネロ」もまた小学三年生のときにこの映画を見て涙したひとりであった。

当時の女教師は、このように懐古する。「ああ、この子にとって、置き去りの犬は自分自身なのねと思うと同時に、先生こうも予感してたわ。この子はいつか自分の命を、犬のために使うことになるかも知れないって。どんな苦難が待っているだろう、この子にどうぞ幸多かれ、せめて、パトラッシュみたいな素敵なパートナーとめぐりあえますようにと、そのときからあなたの名前はネロ」。彼女は、父親が費用を積み立てていなかったせいで、修学旅行(東京タワー)に行けなかったのである。


5.
ネロ(Nello)という名前は、もちろん1975年放送の『フランダースの犬』からとられている(実際に、劇中にそのオープニング曲が要所で流される)。ご存知のように、ネロは幼いときに両親を失っているという人物造形だ。失った父(pater)の代わりを想起させるパトラッシュという名前の犬とともに、絵が好きだったネロは、最後に大聖堂でルーベンスの『キリストの昇架』の下で、天に召されることになる少年だ。

しかし、『復活』におけるネロの参照項は、それだけではない。ネロと言われて日本人がすぐに想起する古代ローマ皇帝ネロ(Nero)である。ネロは、ヨーロッパで初めてキリスト教を迫害した「暴君」であり(古代ローマ帝国では多神教が信仰されていた)、言わば、そこではキリスト教徒たちが「犬」であったことになる。捕縛された数千人のキリスト教徒たちが、集団虐殺されたと言われている。

『復活』におけるネロは、二人のネロ(NelloとNero)のアマルガムとなっている。ネロの小学校時代の女教師は、家庭の事情で修学旅行に行けなかったネロを「模範的生徒」として贔屓して、「666人目の教え子」の烙印を背中に押す。ネロはそれに抗うことができなかった。ちなみに「666」は、ある種の聖書学において皇帝ネロを意味すると考えられている「獣の数字」である(映画『オーメン』でよく知られているものだ)。キリスト教では不吉な数である。

そもそも『復活』という題からして、キリスト教を食ったようなタイトルであるが、この作品に通低しているのは「アメリカ的なるもの」に対する問い直しである。図式的に言えば、「復興の象徴」でありかつ「電波塔」としての東京タワーが発信しているのは、「日本のアメリカ化」を促進する「希望の電波」であり、それはまさしくタワーの素材が朝鮮戦争で使用された戦車の鉄屑であったように、軍事力を骨抜きにされた原発技術開発と足並みを揃えていたものだった。

アトムズ・フォー・ピース。1950年代前半、米原子力委員会のトーマス・マリー委員は次のように語っていた。「広島と長崎の記憶が鮮明なときに、日本のような国に原子炉を建設することは劇的であり、これらの街での大虐殺の記憶から遠ざけるキリスト教徒としての行いである」と。そして第五福竜丸が「死の灰」を浴びた直後(1954年)、ウラン235にちなんだ2億3500万円の原子炉築造予算が初めて計上されることになったのである。

アトムズ・フォー・リザレクション。「経済発展の著しいアジア各国等では、深刻な電力不足から福島第一原子力発電所事故後も原子力エネルギーの利用拡大を続けると思われます。日本が今回の事故の教訓に基づき原子力技術をより成熟させ、海外の発電所の安全性向上に反映することができれば、我が国と世界の環境エネルギー問題に貢献します。そうした活動が、失いかけている日本の信頼を取り戻し、世界から再び尊敬される国に生まれ変わるきっかけになると思います」。

これは、『復活』のなかに借用されている発言ではないが、「希望の電波」は2011年の現実世界においても、1950年代前半と同形のロジックで発信されているということがおわかりだろう。この発言を引用して、経済学者の安冨歩氏は、責任回避をしながら国費を調達しつづけるための「東大話法」と命名している(『原発危機と「東大話法」』、2011年)。つまり、けっして傷つくことのない立ち位置から、言い換えれば「傍観者」の立場から、「いかにも正しそうなこと」を言う論理のことである。

ピーチャム・カンパニーの『復活』、あるいはその典拠となっている中沢新一の『アースダイバー』(2005年)による重要な指摘は、「東京」という都市そのものが、このような傍観者の論理を欲望している、ということであった。「東京タワー」、「東京大学」、「東京電力」、「フェスティバル/トーキョー」......これらの複数の「東京」が意味するところは、「劇的なるもの」(もちろん鈴木忠志とはまったく異なる意味である)を欲望するという東京という都市の本質なのかもしれない。


6.
人類学者の中沢新一は、『アースダイバー』のなかで、東京が「怪物を呼び寄せる力」をもっていると述べている。ゴジラがスクリーンにはじめて登場したのは1954年のことだが、それ以前、たとえば江戸期にも地震の直後には「鯰絵」という漫画チックな木版画が売り出されていて、その鯰がいかにも「怪物的」な様相をしているのである。しかも、それを「世直し大明神」などとして崇められていたりもするのだ。2000年代の漫画で言えば、『GANTZ』が好例だろうか。

「東京にあらわれた怪物は、あらんかぎりの力をふるって、この都市を容赦なく破壊する。タナトス全開である。この国の人々は革命を求めない。しかし、出来上がった秩序が破壊され、焼け跡から新しい世界がつくられるのを見ているのは、大好きな人たちである。心のなかに死の衝動をいっぱいにかかえながら、日常生活の安定も求めている、まったく一筋縄ではいかない心理の持ち主なのである」(89頁)。

『復活』における「怪物」は、メッキー・メッサーである(ブレヒトの『三文オペラ』に登場する盗賊の親玉の名前だが、「メッサー」とはドイツ語でナイフを意味する)。この作品のなかでも、当初はネロが通販で購入したナイフのことだった。先に述べたように、「死んでいると気づいていない福島の犬たち」にネロは手を下すことはできず、代わりにタクシー運転手の「パトラッシュ」が犬を次々に殺していった。彼はそこからメッキー・メッサーと呼ばれるようになったのである。

したがって、ネロを福島に連れていったタクシー運転手の「パトラッシュ=メッキー・メッサー」は、もうひとりのネロ――つまり、ネロの暴虐的な部分――の発露として見ることもできる。つまり、ネロには人間として「安定した生活」をしたいという欲望と、獣となって「安定している」ように見える欺瞞の東京という都市を破壊したいという欲望が矛盾するかたちで同居していたのだ。そしてその引き裂かれた自己の回復が『復活』の主要なドラマトゥルギーを構成している。

野犬の断末魔の幻聴に悩まされているネロにとって、それを止めるための唯一の方法はおそらく、メッキー・メッサーからナイフを取り戻すことである。ネロは東京の一小市民にすぎない。つまり、ネロは観客の大多数と同じ立場なのである。そのネロが、みずからの破壊衝動に気づき、それを回復するというドラマは、東京に住んでいる人々の欺瞞的な欲望を明らかにして、それを包み隠さず認めよ、と迫ることを意味するのかもしれない。


7.
重要なことを忘れていたが、『復活』という作品には、もうひとりパトラッシュが登場する。ネロが飲み屋で酔っ払って引っかけた若い男である(北村想の『寿歌』さながら台車を引いて登場する)。この男は、メッキー・メッサーからナイフを取り戻そうとするネロのことを、引きとめようとする。福島だけにとどまらず、東京の犬まで殺しつづけるなんて馬鹿馬鹿しいといった口調で制止しようとする。

「どうして福島の犬たちだけが殺されなきゃいけないんだ? 他の犬と、どこに線が引かれてるんだ?」と言うメッキーに対して、パトラッシュは理解をまったく示さない。それでも殺された犬のことで自分を責めるネロに対しては、パトラッシュは次のように提案する。「メッキーから、メッキー・メッサーを取りあげよう。それができたとき初めて、魂の抜けてたあんたは復活するんだ。おれが手伝うよ」。しかし、ネロの「復活」は、「過去のことを水に流す」ことでしか完遂されない。

パトラッシュは安部公房の『友達』さながら、メッキー・メッサーの元に「テレビを囲む団欒家族」を送り込み、「希望の電波」による洗脳をしてしまおうと試みる。それでも折れないメッキーに、パトラッシュ自らがキリストの扮装で乗り込み、「地上の敵など恐れるに足らない。武器を取りて戦え。打ち据えてでも彼を止めよ。天国はあなたがたのためにある」と、命がけでメッキーを退治させようとするのである。

しかし、それでもメッキーは懐柔されることがない。やはり、メッキーはネロの「分身」なのだからして、メッキーという怪物を「退治」することができるのは、ネロただひとりなのである。「〔あなたは〕あたしの代わりになってくれただけ。メッキー・メッサーから犬の声がしても、それを聞かなきゃいけないのはあたしなのよ」。失われた自分自身(メッキー・メッサー)を取り戻そうとするネロは、お土産用の「東京タワーの蝋燭」をメッキー・メッサーに手渡そうとする。

「見て。これは蝋燭なの。透明な蝋の中に、赤と白の東京タワーが沈んでいて、小さな水族館の水底に、東京の景色が広がってるの」。「犬の声のこもったこのナイフは、あの犬たちのお墓なの。これを、その東京タワーと取り替えて。同じものだと思って取り替えて。そうしたら、今度は東京タワーが、犬のお墓になるでしょう? タワーはあの犬たちの声を、電波に乗せて東京じゅうに届ける。街じゅうの人が、それを聞き続けるの」。

『アースダイバー』にも書かれているように、東京タワーは芝の墓地や寺院に囲まれた「タナトスの鉄塔」である。ネロは、東京タワーが発信するのは「希望の電波」(アメリカ的な家族団欒や平和で安定した生活)ではなく、「犬たちの声」(それは現実にタワーの足下にいる15頭の樺太犬たちを通じて、「福島の犬」、さらに言えば、福島県内で高い放射能値を浴び続けている人たちの声)である、と象徴的なメッセージを発するのだ。

しかし、東京という都市によって、その試みは構造的に無化され、忘却へと追い込まれることになる(現実的にも「犬たちの声」が届けられることはない)。それゆえに、ネロがメッキーのナイフを「東京タワーの蝋燭」と交換しようとする(駄目もとの)試みは、やはり失敗に終わってしまうのである。メッキーは、みずからを消去しようとした「アメリカ的なるもの」の手先の喉を掻き切り、ネロに駆け寄って、その胸を刺すことになるのだ。


8.
だいぶ話が長くなってしまった。しかし、ここまでは清末の脚本のなかに描かれていたことである。実際の舞台は、東京タワーが正面に見えるロケーションで野外上演され、新野氏が指摘していたように、「アングラ的」とも言える「情熱的な演技」と、本物のタクシーやトラックを使った舞台装置によって、ハイテンションなパフォーマンスが展開された。 わたしもそれが面白かったと思った。しかし、それは戯曲に書かれた面白さを反映したものではない。

先に引用した劇評のなかで、新野氏が「ヒロインの死」と呼んでいたのは、最後の場面でネロがメッキーに刺される箇所であるが、そのことの象徴性はきわめて「軽視」されていたように思う。というか、演出の川口は東京タワーの見える公園でしかできないことをやろうとしたのだ。結果として、ネロとメッキーの関係は「主筋の男女の激しくも切ない愛の物語」と要約され(芦沢氏)、「少し盛り込みすぎてた気がする」という印象を小田島氏にも与えることとなった。

「ヒロインの死」は、東京人の欲望――最終的には、「私たちは何を語ることができるのか?」というフェスティバル/トーキョーの「偉そうな」問い――に対して最後通牒をつきつけるものであって、またメッキー・メッサーの「復活」は、「アメリカ的なるもの」に象徴的な死をもたらすつかの間の演劇的実践だったはずである。清末のアイロニカルな、しかし実に的確なメッセージである。

清末の脚本はたんなる「アングラ回帰」ではない(同じように、たんなる「ブレヒトに傾倒している」芝居でもないだろう)。そもそも、戯曲を書くうえで「アングラ的」とは、どのようなことを意味するのだろうか。清末は唐十郎のように「当て書き」もしていないし、あるいは一晩で戯曲を書きあげてしまうほどの「速度をもつ文体」があるわけでもない。寺山のように見世物的な素材でもない。もっとも、「アングラ演劇」もまた、「東京」という一都市において展開されたにすぎないわけだが。

したがって、東京という都市の欲望を解き明かそうとしていた清末の戯曲に対して、「アングラ的」なる呼称を与えるのは、もしかすると形容矛盾なのかもしれない。『復活』という作品を上演台本で読み直してみると、まるでコントのような軽妙なやり取りが笑いを誘うことに気づく。清末の作品は「情熱的な演技」だけで解消されるものではないのだ。それは、もっと軽く、ふざけていて、馬鹿馬鹿しくて、唐突な対話から成り立っている。

しかし、それでいてさまざまな要素が縦横無尽に織り込まれていて、読み応えのある作品となっているのである。本稿で述べてきた「ネロ、東京タワー、アメリカ、原発」という主題は、「目もくらむほど矢継ぎ早に乱反射するイメージ」(芦沢氏)によって展開していく。それゆえに、本当に目がくらんでしまったら、演出は「失敗」となってしまうだろう。その象徴的な意味がわかるように、演出家は演出をしなければならない。なかなか大変な作業である。

繰り返すけれども、『復活』という作品を絶好のロケーションでスペクタクルとして演じたのは、川口の手柄であろう。それは、動物園に来た人々に、「今日は 特別にライオンの檻を開放します」とアナウンスしたようなものだった。しかし、それは劇作家が伝えたかった――しかも、実にアイロニカルな――メッセージ を伝えることには失敗した。そのメッセージとはすなわち、「このライオンはあなた自身なのです、そして今日もこうして暴れ回っている。だが、あなたはそれに気づいていない」というものだ。

さらに個人的なことを言えば、わたしはそれゆえに清末の原作を面白く読み、今日の今日まで原稿を引き延ばしてしまったのである。

最後に、ピーチャム・カンパニーを退団した清末がどのような軌跡を辿るのかわからないが、自己主張の強い俳優が多いなかで、淡々と台詞を発することのできる俳優で『復活』が再び上演されることを強く願っている。また、すでに次年度の「公募プログラム」での受賞を目指すことになった川口には逆に、役者の演技をあらかじめひとつの方向に絞らないという作業を通じて、テクストと役者を結びつけていってほしい。両者とも今後が楽しみな劇作家、演出家である。

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