劇評

F/Tで上演された各作品、企画についての劇評アーカイブです。
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「価値の在処は明らかにしてくれた、しかし......」

上演の構成は、大まかに言って前半と後半に分けられる。
前半では、まず観客に500円玉を1枚ずつ配った上で、「その500円を払えば好きなように演出を付けられる」旨が説明される。俳優は、あらかじめ用意された短い台本を、観客からの指示を反映させつつ演じるのだ。やがて別の俳優たちも舞台に登場して「自分にもやらせてほしい」「こっちは2人で500円にします(*1)」等とアピールし始め、結局は3人で演技を競い合う。もっとも、指示が10、20と増えてくると、中には相互に矛盾するものや、いわゆる「無茶振り」も交じってくる。当然ながらこなしきれずに失敗したり、時には俳優同士で相談してまで指示に応じようとする姿は笑いも誘うが、観客の要求がどこまでエスカレートするのかという緊張感も付いて回る。

後半に入ると、前半でナレーターを務めた女性も加わって4人が入れ代わり立ち代わり、発話や演技を連ねていく。俳優たちの個人的な体験に基づく語りもあれば、既存の作品から引用されたテクストの朗読もある。前半では同じテクストに様々な要素が付加されていくのに対し、後半では様々なテクストがパッチワーク的に繋ぎ合わされていき、どちらにせよ最終的には原形を留めなくなる、という構成はなかなかに巧妙だ。なお、後半でも「相手に何かをさせる際に500円を支払う」というルールは継続されているようだが、前半とは違い、やり取りは概ね舞台上の俳優たちの間だけで繰り返される。そして、次第に演技が交代するペースは速まり、終幕を迎える。

開演前、舞台上のスクリーンにカール・マルクス『資本論』の一節が映されていることからしても、「価値」と「交換」をどう表現するかが主題の一つだったのは明らかだ。だが、そのために導入したはずの金銭が、果たして有効に機能していたと言えるかどうか。
この点、後半はうまくいっている。俳優同士で金銭と発話の機会を交換しているのは一目瞭然だし、交代のテンポが上がりテクストが細切れにされていくにつれ、金銭の交換も形式的なやり取りに近づいていくという展開は分かりやすい。さらに言えば、一連の場面は、発話の内容や語り手をシャッフルしても成立し得る。では、入れ換え可能な要素を取り除いていったら、どうなるか? 最後に残るだろう「交換」という行為そのもの、及び交換を可能とする場にこそ意義、言い換えれば「不変の価値」があるのだ――こう読み解けば、「『不変の価値』、終わり」という台詞の直後に「続く!」とかぶせるラストとも、スムーズに繋がる。
ところが前半では、「指示1回につき500円」と価格が固定されている一方で、指示の内容に関する制限は基本的に無い。結果的に簡単な指示でも複雑な指示でも等価値と扱われるのは、やはり不公平な感を拭えない。また、観客は500円を使わずに持って帰ることも可能だが(*2)、ならば500円の「劇場内での価値」と「劇場の外での価値」は釣り合っているのか?という疑問もある。シアターグリーンの客席にいたから素直に500円を出したとしても、仮に同じ趣旨の路上パフォーマンスが行われている所を、たまたま通りがかったとしたら? 同じ額で他に何ができるか考えて、財布の紐が固くなる人も多かろう。
結局、劇場内でも、また劇場の内と外の比較でも、収まりの悪い事態が生じてしまうのだ。取引とは「そういうものだ」と片付けるには勿体ないように思う。劇場の中でなら交換のルールもレートも主催者が自由に設定できるのだし、もっと煮詰める余地はあるはずだ。

もう一点、後半で登場した、善意に関するエピソード(*3)についても触れておきたい。このエピソード自体は実に印象深い内容で、演出も含めて目を引かれたのだが、惜しむらくは上演全体のテーマから浮いてしまっている。「善意や倫理を価値で測れるか?」という問題が一考に値するのは確かだが、正にそれを巡って様々な作品が生み出されてきたことも事実で、上演の中の一断片としてあっさり流してしまうには重すぎる題材なのではないか。釈迦に説法かもしれないが、どんなに魅力的な素材でも、バランスを欠いた見せ方では魅力を殺すのみならず、他の部分も壊してしまいかねない。先の点も併せ、更に練り込んで深さ・広がりを持たせることは十分に可能だろう。今後の再演があるなら、一層のブラッシュアップに期待したい。

(*1)500円で1人だけに指示を出すのと比べ、2人動かせるなら「よりお得」というわけだ。
(*2)上演中に俳優たちが何度か物販の宣伝を行うが、「手元の500円は他のことにも使える」と意識づける狙いがあったのかもしれない。
(*3)交差点で一服しようとしたところ、車椅子に乗った身体障がい者がたまたま近くにおり、タバコをねだられるというもの。この後「なぜタバコを与えたか」について、2人の役者が同時に、別々のことを語り出す。

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