>   > 人が集まれない時代に、舞台美術家はいかなる「景」を生み出すのか――セノ派・杉山至インタビュー
2020/10/15

人が集まれない時代に、舞台美術家はいかなる「景」を生み出すのか――セノ派・杉山至インタビュー

  • LINEで送る
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
(文・もてスリム 撮影・鈴木渉)


「セノグラフィー」との出会い


──杉山さんはかねてより「舞台美術」だけでなく「セノグラフィー」という言葉を使われていますよね。「セノ派」もこの言葉からとられています。いつ頃からセノグラフィーという概念を意識されたんでしょうか?

2001年頃にイタリアに行ったことがきっかけです。名刺をつくる必要があって舞台美術家をイタリア語に訳した「Scenografo」を使っていたのですが、宿のおばさんにその肩書を伝えたら「すごいわね」と驚かれて。Scenografo=セノグラファーというのは建築家や教授/研究者と同じようなものでさまざまな領域の知識がなければできないことなのだと言われて、それはまさに自分が考える舞台美術と重なるなと思ったんです。


──舞台美術自体には、すでに当時から携わられていたということですね

そうですね。それまでは「舞台美術」という言葉を使っていたんですが、イタリアに行ってからセノグラフィーという発想を意識的に考えるようになりました。その方が自分にとってもしっくりきたんです。舞台美術というと舞台上の美術をつくるようなイメージですが、実際はぼく自身も劇場をつくることやお客さんとの関係性をつくることにも興味があったし、事実、歴史的に見てもイタリアの舞台美術家たちは当たり前のように建築にも携わっていた。


──杉山さんにとっては最初から舞台美術というよりセノグラフィーの意識があった、と。

大学生のときに舞台美術をつくっていたときも、元からステージがあるわけではなく普通の教室に劇場をつくることから制作が始まっていましたからね。そもそも大学で(平田)オリザさんに出会ったことがきっかけとなって舞台美術に携わるようになったのですが、まず興味をもったのも舞台美術というより建築でした。その後大学を卒業してから早稲田大学芸術学校に入って建築を学んだんです。この学校はかつて建築家の吉阪隆正さんが校長を務めていて、「発見的方法」や「有形学」など吉阪さんの思想が色濃く表れていたのが面白かったですね。


「景」から舞台芸術を考える





──杉山さんは舞台美術を考えるうえで「景」という概念も重視されていると伺いました。それも大学での経験が関係しているのでしょうか。

「景」の概念を意識するようになったのは、むしろ最近なんです。2011年に品川に引越してからこの土地について調べていたら、ものすごい量の浮世絵が描かれていることがわかって。なぜ浮世絵師が品川を題材にたくさんの作品を残したのか考えていくなかで、景という概念にたどり着きました。自然を題材にしたものや色を描いたもの、街道の風景など描かれている景色も多彩で、自然と人間の結びつきを考えるうえで「景」が重要なキーワードになると感じたんです。そこからセノグラフィーと景を紐付けて考えたいと思うようになりましたね。


──セノグラフィーや景を意識するようになったことで、実際の制作も変わりましたか?

意識も変わるし、つくり方もどんどん変わりますね。戯曲に書かれている世界だけではない空間をどう掘り下げていけるのか考えるようになりました。ぼくだけではなく、ピナ・バウシュが芝生を使うなどある時期からランドスケープを劇場のなかに取り込んでいくような流れも生まれていたように思います。セノグラフィーが扱うシーン(scene)は、舞台の上だけではなくいろいろな場所にあるのかなと。


──舞台芸術は劇場の中だけではなくて社会へと広がっていくものだということでしょうか。

とくに海外では舞台芸術と社会が自然につながっている気がします。たとえば舞台芸術の祭典といわれるプラハ・カドリエンナーレで毎回開かれているカンファレンスでは、移民やポピュリズムなどの問題が盛んに論じられています。イギリスではセノグラフィーではなくパフォーマンスデザインという言葉を使おうとする動きもあって、舞台や劇場に縛られていないのはもちろんのこと、人と人が交わるところで総合的なデザインを行なうことが重視されている。日本を考えてみても、たとえば2.5次元と呼ばれる作品やZoom演劇などは従来の舞台芸術からはみ出しているといえる。とくにZoomのような技術を使った配信・映像作品の制作はこれまでと大きく異なっていますよね。先日Zoomで作品をつくるワークショップに参加させてもらったんですが、そのとき脚本・演出を担当していた劇団ロロの三浦さんは、映像作品と劇場で見る演劇とでは客席のあり方が異なっていると言っていて。そもそもシアター(theatre)の語源にあたるギリシャ語のテアトロン(theatron)も舞台や演劇作品ではなく「客席」を指す言葉なんですよね。セノグラフィーの視点から考えると、社会の中で客席や劇場のあり方そのものを再考していく必要があるのだと感じました。


舞台芸術とテクノロジーの関係性





──Zoomのようなサービスを使う場合は作品をつくるときの考え方も変わりそうですね。

これまでは現実の空間の中にどうシーンをつくるか考えていましたが、ひとつの画面の中にどうシーンをつくれるのか考えないといけないですね。いまはぼくが受け持っている大学の授業もすべて遠隔にシフトしているんですが、もはや学生の方がサービスを使いこなしていて。若い人の方が発見も多いし新しい手法も生み出せる。もちろんメディアによる制約も多いですが、制約によってより多くの発見が生まれているとも思います。


──メディアという点では、2.5次元の舞台は映像が多様されますよね。その場合はまた舞台美術の考え方も変わるものなんでしょうか。

基本的には2.5次元の作品も平田オリザの作品もぼくのなかでは同じなのですが、強いていえば映像やプロジェクションマッピングを多用する2.5次元の舞台は平面性を意識せざるをえないので、舞台上の平面や映像を映す素材に制約が生じます。一方では、同時に新たな素材の開発も進んでいるので日々状況も考え方も変わっていくのかなと思います。


──テクノロジーの発展と舞台美術はつながっている、と。

でも、テクノロジーの変化に人間が追いつけなくなってきているのかもしれません。たとえばフランク・ロイド・ライトが建築をつくり始めてから死ぬまで制作に関わるメディアはほとんど変わりませんでしたが、いまはものすごい勢いでメディアが変わっていくので手法がきちんと確立されづらい。建築の図面も手書きからCADへと変わったし、さらには映像、Zoomなど扱う技術がどんどん変わっていく。でも、振り返ってみると手書きのものが一番情報量が豊かだったりして。3Dデータでつくった美術を5年後に見返しても技術の未熟さを感じるだけで、手書きとデジタルデータでは決定的に情報の質が違うのだなと感じます。もちろんテクノロジーの発展が無駄なわけではないし、舞台美術家としてはつねに変わっていかなければいけないとは思っています。以前とあるフランスの舞台美術家が「舞台美術家はやがて滅びる職業だ」と言っていたのですが、そのとおりだと思うんです。紅白歌合戦の舞台演出がLEDパネルを駆使した映像表現を偏重するようになったように、舞台美術家のイメージも変わっていくものなのだろう、と。ぼく自身としては活動のあり方を変えていきながらもセノグラフィーの概念そのものが広がっていけばいいなと考えています。


街の中にまぼろしの景を立ち上げる


F/T19『移動祝祭商店街』(写真:合同会社アロポジデ)




──昨年F/Tでセノ派のみなさんが発表された「移動祝祭商店街」は、まさにセノグラフィーを劇場ではなく街の中に広げていくようなものだったと思います。

でも、取り組みとしてはまだ未熟で、これからも続けていきたいなと思いましたね。街に人を呼び込むことはできたけれど、もっと街にいる時間をデザインできたらなと。今年は人が集まることも難しいので、ひとりでいても何かとつながっているような企画にできないかと思い「移動祝祭商店街 まぼろし編」というタイトルをつけています。


──なぜ「まぼろし」なんでしょうか?

まぼろしとは、「ビジョン(Vison)」です。舞台美術をつくるときも最初にコンセプトを考えてビジョンをつくったうえで線を引き始めるわけですが、今年はビジョンをつくってもその先をつくれない。それは目に見えないものでもあるし、未来を見ることでもある。そういった状況下で、実際にあるかわからないし目に見えないまぼろしの景を立ち上げるような作品をつくれたらと思いました。


──言われてみると、舞台芸術は何もないところにまぼろしの景を立ち上げるようなものでもありますね。

以前渡辺えりさんから演劇は「幻景」だと言われたこともあって。セノグラフィーのワークショップのなかで光/風/情/色のように「景」と結びつく言葉を参加者に新しく考えてもらっていたら、たまたま立ち会ってくださった渡辺さんが「私なら“幻”を入れる」と仰っていた。妄想の中で景が立ち上がって芝居も生まれていくわけで、景と幻は相性がいいのだと気づかされました。


──まぼろし編のなかで杉山さんは「その旅の旅の旅」というプロジェクトを担当されていますが、なぜ「旅」に着目されたんですか?

正岡子規が『旅の旅の旅』という作品のなかで、俳句を書くための旅、吟行について書いているのを呼んだんです。俳句ってある空間の景と出会ったときに体が感じたことを言葉にしていく振る舞いでもある。今年は人がたくさん集まれなくても景を発見できるわけで、ならばいっそのこと名所をめぐる旅のようにたくさんの人が時間をズラしながら同じ場所を訪れるようなものをつくれたらと思いました。具体的には、6人の「旅人」がつくった作品を手がかりに鑑賞者の方々が池袋や大塚各地をめぐり、そこを訪れた人も文章や俳句を投稿できるような仕組みをつくっていくつもりです。


── 一人ひとりが街に出て景を見出していくような作品になるわけですね。

そうですね。べつに表現方法は俳句や言葉だけじゃなくてもいいし、絵でも音でもいい。もしかしたら味や匂いが浮かんでくる人もいるかもしれないですよね。人それぞれが景を発見できるような作品をつくれたらなと。パフォーミングアーツは概して同時性が前提となっていますが、今回は違う時間を重ねていきながら地層のようにたくさんの人が同じ場所に集まっていくような取り組みによって、新たな景を見出していくことを目指していきます。


F/T19『移動祝祭商店街』(写真:合同会社アロポジデ)



(文・もてスリム)

杉山至(すぎやま・いたる)

舞台美術家。国際基督教大学在学中より劇団青年団に参加。2001年度文化庁芸術家在外研修員としてイタリアに滞在。演劇、ダンス、ミュージカル、オペラまで、ジャンルを問わず幅広く活躍。舞台美術ワークショップや劇場のリノベーションも手がけている。カイロ国際演劇祭ベストセノグラフィーアワード2006、読売演劇大賞最優秀スタッフ賞(14)受賞。

もてスリム

1989年、東京生まれ。おとめ座。編集者。 トーチwebでシリーズエッセイ『ホームフル・ドリフティング』連載中。

 

舞台美術家集団が見出す “景”がまちと人にあらたな縁を結ぶ
移動祝祭商店街 まぼろし編

企画デザイン セノ派
日程 10/16 (Fri) - 11/15 (Sun)
会場 特設ウェブサイト、豊島区内商店街、F/T remote(オンライン配信)
  詳細はこちら

人と都市から始まる舞台芸術祭 フェスティバル/トーキョー20

名称 フェスティバル/トーキョー20 Festival/Tokyo 2020
会期 令和2年(2020年)10月16日(Fri)~11月15日(Sun)31日間
会場 東京芸術劇場、あうるすぽっと(豊島区立舞台芸術交流センター)、トランパル大塚、豊島区内商店街、オンライン会場 ほか
※内容は変更になる可能性がございます。


概要

フェスティバル/トーキョー(F/T)は、同時代の舞台芸術の魅力を多角的に紹介し、新たな可能性を追究する芸術祭です。
2009年の開始以来、国内外の先鋭的なアーティストによる演劇、ダンス、音楽、美術、映像等のプログラムを東京・池袋エリアを拠点に実施し、337作品、2349公演を上演、72万人を超える観客・参加者が集いました。
「人と都市から始まる舞台芸術祭」として、都市型フェスティバルの可能性とモデルを更新するべく、新たな挑戦を続けています。
本年は新型コロナウイルス感染拡大を受け、オンライン含め物理的距離の確保に配慮した形で開催いたします。



  • LINEで送る
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

関連記事

ピックアップ記事

「つくる楽しみ」を民主化する ──「するアート」としてのガリ版印刷発信基地

(文・萩原雄太 写真・黑田菜月) リソグラフを使い、参加者がZINEをつくるプログラム『とびだせ!ガリ版印刷発信基地(以...

[続きをみる]

「追憶」が浮き彫りにする新たな「現在」の生成──村川拓也『ムーンライト』

(文・北小路 隆志 写真・石川 純) これから上演される『ムーンライト』は2年ほど前に京都で初演されたものの再演であるこ...

[続きをみる]

現実空間を異化して、現実を抜け出す。――『Rendez-Vous Otsuka South & North』

(文・畠中 実) 演劇やダンス、あるいは音楽の演奏といった芸術表現は、実際にそれを演じるパフォーマーを観客が直接目にする...

[続きをみる]

できるとできない  村川拓也『ムーンライト』

(文・佐々木敦 写真・石川 純) 村川拓也の『ムーンライト』を、私は京都での初演(二〇一八年十二月)にはどうしても都合が...

[続きをみる]

カテゴリ