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2020/10/15

リアリティとの戯れ――ファビアン・プリオヴィルの世界

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(文・武藤大祐)

ファビアン・プリオヴィルといえば、2008年に群馬県高崎市でバレエ・スタジオの女子高校生たちと作った『紙ひこうき』が今なお記憶に新しい。日本の高校生が日々経験しているささやかな喜びや悩み、そして陰の部分にまで見事に光を当てたこの作品は、地元のみならず東京やドイツでも繰り返し上演され、多くの観客を得た。具象と抽象のあわいを捉えるピナ・バウシュ直伝ともいうべきダンスシアターの手法と、高校生たちによる等身大の表現が相まって、類を見ないリアルな作品に仕上がっていた。

その後も自身のカンパニー公演など日本での活動も精力的に展開しているプリオヴィルだが、アーティストとしての彼の関心には大きく二つの軸があるように見える。すなわち、『紙ひこうき』のように地域性に焦点をあてた作品と、デジタル・テクノロジーを取り入れた実験的な作品である。両者は一見かけ離れているようにも思えるが、今回F/Tで上演される『RENDEZ-VOUS』ではこの二つの軸が結合している。特定の場所での上演のために構築された「サイト・スペシフィック」な作品でありながら、360度を完全に取り囲む「バーチャル・リアリティ(=仮想現実、VR)」の映像技術によって、観客はその場に身を置きつつ非現実の時空間を体験するのである。このユニークな形態についてプリオヴィルに聞いてみた。




「最初のアイディアは、公共空間でのインスタレーションだったんだ。駅とか商店街のような、大勢の人が行きかう賑やかな場所にVRブースを設置し、観客にヘッドセットを付けてもらって、そこが完全に無人になった状態を見せたいと考えた。何もかも一時的に停止して自分一人しかいないような、普通はあり得ないパラレルワールド。少しの間そこに座り、あわただしい日常から距離をとって、好きなことを考えたり、ぼんやり過ごしてみてほしいと思った。でも自分は振付家だから、そこにいきなりダンサーたちが飛び出して来て観客をパフォーマンスに巻き込んでしまうというのはどうだろう…こんな風に、メディア・アート的な発想と振付を組み合わせてみた」

この作品は2018年にデュッセルドルフで発表されて以来、場所に応じて内容を変えながら制作されてきた。今回の東京版は実に11回目の上演だという。

「場所は単なる背景ではなく、一種の「物語」だ。観客の中に、その場所に対する新しい見方が作り出せていたら嬉しい。周りにある物も違って見えるだろう。身体、インスタレーション、空間、ダンスの間にある作品なんだ。振付と空間が一体になるよう意識している」

地域の人たちとのコラボレーションも重要な側面だ。高崎で作った『紙ひこうき』が示したように、プリオヴィルにはローカリティへの深い共感がある。

「ただ空間を使うのではなく、普段その場所がどのように使われ、どのように機能しているのかが大事だ。例えば大塚の広場(トランパル大塚)の場合、毎朝そこでラジオ体操をするお年寄りのグループがいる。彼らはその場所を約20年前から自分たちで手入れしてきた。彼らが作った場所といってもいいほどで、広場の管理を役所に申し出たらしい。だから単に空間を借りるのではなく、彼らの気持ちを作品に取り入れたいと思ったんだ」

この皆さんは作品にも出演している。

「現場での作業の中から出てきたアイディアだ。朝、彼らがラジオ体操をしているのを見て、どうしたらこの要素を作品に取り入れられるか考えた。あまり長時間付き合ってもらうわけにもいかないし、調整に苦労したけど、面白いチャレンジが好きだからね。作品のコンセプトはとてもシンプルだから、あとはそれでかなり自由に遊べるんだ」




ローカルな日常生活への関心と、VRなどテクノロジーへの関心。この二つは彼の中でどんな風につながっているのか。

「要するに、パフォーマンスを成り立たせるメカニズムに興味があるんだろう。どんなパフォーマンスを作れるか、どんなインタラクティブな仕掛けを作れるか、それを考えること自体が面白い。新しいコンセプトを作って、テクノロジーと、振付やダンスをぶつけ合わせている。数年前にスマートフォンを使った作品を作ったけど、その時はスマートフォンの技術が世界にどんな変化を起こしたか、人と人の関わりをどう変えたかを考えた。振付家として、こういうことを語る責任があると思っている。身のまわりの世界から刺激を受けるし、実際に起きている出来事を語るのが好きだ」

プリオヴィルの語り口は終始穏やかで控えめなのだが、新しいことを試すこと自体が楽しくて仕方ない、まるで子供のような衝動や好奇心のざわめきが言葉の端々から伝わってくる。

「テクノロジーは良いとか、悪いとか、そういうコメントがしたいわけじゃない。単純に、テクノロジーがぼくたちの日常に深く入り込んでいるから、そういうツールを使った創作をいつも探している」

かつてピナ・バウシュのような振付家は人間の身体やコミュニケーションを主題にしたわけだが、今日テクノロジーは完全に我々の一部になっている。だからテクノロジーを振付に取り入れるのは当然というわけだ。

「今回のコロナ禍で、アーティストたちは生き延びるためにデジタル技術と向き合わざるを得なくなっている。自分は前からスカイプを使った作品なども作ってきたから、こういう変化もわりと楽しめているけど……。確かに従来の舞台芸術の世界は閉鎖されている。でもVRのようなテクノロジーを使えば建築物としての劇場を離れ、舞台も照明も小道具も関係ないところへ自分のダンスを連れ出せるだろう。テクノロジーは新しい空間を探究させてくれる。いわゆるデジタル空間だけじゃなく、物理空間も含めてね。テクノロジー自体が、新しい舞台表現、劇場、言語になりつつあると思う。今は何もかもZOOMを使って進めなくちゃならないし、動画配信も当たり前になったけど、でも振付家はもっと深いレベルで、つまり単なるプラットフォームの問題ではなく、コンセプトの問題、あるいは感覚や論理の問題として、ダンスと新メディアの変容を取り込むべきだと思っている」

プリオヴィルはゲーマーでもあるらしく、ビデオゲームの世界と関わりが深い。毎年ドイツで開催される先端的なゲームのフェスティバル「Next Level」の常連作家で、今作『RENDEZ-VOUS』も2018年に出品された。現実そっくりに再現された市街地の中を自由に動き回れる一人称視点の犯罪アクションゲーム『グランド・セフト・オート』(最新作は今年5月時点で1憶3500万本もの売上を誇る)がモチーフのソロ・ダンス作品『Jailbreak Mind』は、2011年に横浜でも上演されたので知っている人も多いだろう。

「『グランド・セフト・オート』はストーリーをなぞる必要もなく、丸ごと一つの世界の中で好きなことができる。いわば実際の世界の外へ出て、普段はできないことができるんだ。ビルの上へ登って飛び降りるのを何度も何度も繰り返すとかね(笑)。このゲームの中で主人公が死ぬ瞬間、スローモーションになってフワフワと宙に舞う感じになるんだけど、この場面を何時間も録画し、編集してダンスを作って、それを自分の体で練習し、舞台で踊れるようにしたんだ。髪を刈り込んで自分をゲームの主人公とそっくりにして。つまりまずキャラクターに振付をしてから、それを自分の体に移したわけだ。ゲームの中の街で、どんなロケーションがいいか考える必要もあったから、自分にとってそれはもはや一つの現実だった。結果的に、ビデオゲームの世界が上演空間になり、舞台はデジタル空間になって、相互に融合してしまった」

ダンサーでありゲーマーでもあるという人にはあまり出会わない気がするが、プリオヴィルは自分の体で動くのも、仮想の体を動かすのも同じように楽しめるらしい。

「劇場の観客はゲームなんてやらないから、何のゲームを使っているのかもわからなかったみたいだ。ところがこれを「Next Level」に持って行くと、誰もが元ネタは知っているけど今度はコンテンポラリーダンスの表現がさっぱりわからないという(笑)。ゲーマーであり振付家でもある自分にとって、二つの世界に同時に、可能な限り接近しようとする試みだった。一見、双方はかけ離れているけど、合体させたらどうなるか、どうやったら振付できるかを考えたんだ」

日常的にZOOMを使って人とコミュニケートすることが増えた現在、バーチャルとリアルの違いはますます曖昧になっている。ちなみに筆者は数年前、ビデオ通話をしている相手に「一時停止」されそうになったことがある。画面をタッチしてもこちらの話が止まらないので錯覚に気付いたらしい。




VRと現実の境界をかき乱しながら、「誰かと会うこと」「孤独に過ごすこと」に焦点をあてるプリオヴィルの『RENDEZ-VOUS』は、コロナ禍のずっと前に構想されたものでありながら、奇しくも現在の状況に生々しく応答する作品になった。

「パフォーマンスはまさに自分の目の前で起きるから、ライブそのものの感覚だと思う。しかも何か虚構の空間へ連れて行くわけでもなければ、視覚的な演出もない。今まで見ていたのと同じ現実のその場所に、ダンサーが飛び込んでくる。でも実際には誰もいないから、ソーシャル・ディスタンスの点は心配ない(笑)。観客も自分一人だし」

上演の当日の現場には、プリオヴィルもダンサーたちもいない。だからこれを「パフォーマンス」と呼ぶのもどこか奇妙だ。誰がパフォーマンスするのだろうか。パフォーマンスするのは観客の方かも知れない。

「この作品は観客の中に、その場所についてのデジタルな痕跡を残すというか、デジタルな記憶を受け渡すことになる。観客はその場所にやって来て、上演はそこで起きる。確かに何かを見る。けれども本当にそれは起きたのか、どのような意味で“起きた”というべきなのか。ヘッドセットを外して周りを見回すと、自分一人だ。それでもある種の感情が生まれ、その場所に関する記憶も生まれるだろう」




(文・武藤大祐)

ファビアン・プリオヴィル

アンジェ国立振付センター卒業。ラ・ラ・ラ・ヒューマン・ステップスなどを経て、1999年ピナ・バウシュ率いるヴッパタール舞踊団に参加。退団後は振付家としても活動し、2010年ドイツ、デュッセルドルフを拠点に、自身のダンス・カンパニーを設立、パフォーミングアーツとマルチメディアを往還する作品づくりを続けている。
日本での主な公演に、ファビアン プリオヴィル&バレエノア『紙ひこうき』(08)、「あうるすぽっと× fabien prioville dance company × An Creative 国際共同制作 SOMAプロジェクト」(15)、瀬山亜津咲・ファビアン プリオヴィル振付作品『VENUS』(ダンスセッション2017)、演劇集団円『DOUBLE TOMORROW』(17)など。

武藤大祐 (むとう・だいすけ)

ダンス批評家・群馬県立女子大学准教授(舞踊学・美学)・振付家

リアルとヴァーチャルの間で “当たり前の風景”が揺らぐ 。
VR+ダンスが誘うあらたな鑑賞体験
Rendez-Vous Otsuka South & Northランデヴー・オオツカ サウス アンド ノース

製作 ファビアン・プリオヴィル・ダンス・カンパニー
日程 10/17 (Sat) - 11/12 (Thu)​ 計17日間開催
会場 トランパル大塚、星野リゾート
OMO5東京大塚4階OMOベース
  詳細はこちら

人と都市から始まる舞台芸術祭 フェスティバル/トーキョー20

名称 フェスティバル/トーキョー20 Festival/Tokyo 2020
会期 令和2年(2020年)10月16日(Fri)~11月15日(Sun)31日間
会場 東京芸術劇場、あうるすぽっと(豊島区立舞台芸術交流センター)、トランパル大塚、豊島区内商店街、オンライン会場 ほか
※内容は変更になる可能性がございます。


概要

フェスティバル/トーキョー(F/T)は、同時代の舞台芸術の魅力を多角的に紹介し、新たな可能性を追究する芸術祭です。
2009年の開始以来、国内外の先鋭的なアーティストによる演劇、ダンス、音楽、美術、映像等のプログラムを東京・池袋エリアを拠点に実施し、337作品、2349公演を上演、72万人を超える観客・参加者が集いました。
「人と都市から始まる舞台芸術祭」として、都市型フェスティバルの可能性とモデルを更新するべく、新たな挑戦を続けています。
本年は新型コロナウイルス感染拡大を受け、オンライン含め物理的距離の確保に配慮した形で開催いたします。



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