>   > 現実空間を異化して、現実を抜け出す。――『Rendez-Vous Otsuka South & North』
2021/03/11

現実空間を異化して、現実を抜け出す。――『Rendez-Vous Otsuka South & North』

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(文・畠中 実)

 演劇やダンス、あるいは音楽の演奏といった芸術表現は、実際にそれを演じるパフォーマーを観客が直接目にすることで、なんらかの感情を生起させる。実際に、ほんとうに、ある演目が目の前で演じられていることで得られるリアリティを感じることが、観客が劇場などの会場へ足を運ぶ大きな動機であるにちがいない。そこで感得されるリアリティは、舞台と観客との距離や会場の大きさなど、その状況によってさまざまだろうが、どのような状況であれ、舞台芸術は、演者によって作品が観客の目の前でいままさに繰り広げられているという現前性をその特徴とするものだろう。たとえば、演劇はその台本によっても、内容を知ることは可能であるにもかかわらず、実際に役者によって演じられる必要がある。詩の朗読なども同様だろう。実際にその場で演じられることによって身体化することが、その時、その場でしか生まれ得ない体験をもたらす舞台芸術(パフォーミング・アーツ)の本質なのだろう。


 2020年に新型コロナウイルス(COVID-19)の感染が世界規模で拡大し、感染拡大抑制措置としての、人と人との接触を低減するソーシャル・ディスタンシングは、私たちの日常的なコミュニケーションのあり方から、大学の授業などにいたる、それまでの私たちの日常生活を大きく変更するものとなった。それは、人を集めて行なわれていたイヴェントにも甚大なる影響をおよぼした。会場に不特定多数の観客を集めることが困難になり、多くの劇場もまた公演を中止した。それは、実際に目の前で起こることを目撃する、という体験から私たちが遠ざけられてしまったことでもあった。やがて観客席数を半減させるなどの感染拡大防止の対策を施し、会場を使用した公演が再開されるようになったが、その一方で顕著な動向となったのが、インターネットの配信による視聴である。それは、ライヴ(生配信)であるという特性はあるにせよ、先の舞台芸術の特徴にてらせば、映像による間接的な体験にならざるをえない。しかし、そうした制約となるような条件の中からもまた、それゆえの話法が生み出されるなど、インターネット配信だからこそ可能となった新しい表現手法として注目を集めるようになってもいる。

 そして、もうひとつの潮流となっているのが、ヴァーチュアル・リアリティを使用した鑑賞体験である。配信という方法は、移動と集会を制限された中での、観客が会場に出向くことが不可能であるがゆえの、やむをえずの方法だとも言える。それは、ネットワークに接続できればどこにいても(配信視聴の予約をした人は)観客になることができ、舞台を自分の端末の画面にまで持ってくることを可能にする方法である。そこで、その体験が、いかにテレビやヴィデオで鑑賞することと異なる、その方法固有の表現になりえるのかが課題のひとつとなるだろう。一方、ヴァーチュアル・リアリティでの体験とは、基本的にはライヴではないが、配信が多方向からのカメラアングルをスイッチングするなどの操作はあるにせよ、客席から舞台を鑑賞することの代替体験を基盤にするのとは趣を異にするものである。それは、観客自身を作品世界の中に取り込んでしまい、作品内の誰かの目(観客自身の目でもあり、観客が何者かになってしまったかのように感じさせるものもある)に憑依させるような体験だと言えるかもしれない。場合によっては、観客は作品空間を移動しながらインタラクティヴに作品とかかわる行為者にもなる。

F/T20『Rendez-Vous Otsuka South & North』ゲネプロ (写真:瀬山亜津咲)

 新型コロナウイルス禍において、これからの「新しい生活様式」での舞台芸術は、どのようにありえるのだろうか。それには、感染拡大が収束し、以前のように戻るまでの過渡期的な、一時的なものであるという考え方もあれば、現在試みられているさまざまな手法が、戻った後にも影響を与えるという考え方もあるだろう。今回の、フェスティバル/トーキョー20で上演された『Rendez-Vous Otsuka South & North』を制作、上演したファビアン・プリオヴィルは、「アーティストたちは生き延びるためにデジタル技術と向き合わざるを得なくなっている」としながらも、「もっと深いレベルで」、「単なるプラットフォームの問題ではなく、コンセプトの問題、あるいは感覚や論理の問題として、ダンスと新メディアの変容を取り込むべき」*1であると言っている。現在の私たちが直面している状況が、デジタル技術を援用した舞台芸術の方向性を示唆した。しかし、仮にそうした状況ではなかったとしても、同時代のメディア・テクノロジーが避けがたく舞台芸術に与える影響を、積極的に取り込んでいくべきだということだろう。

 振付家であり、ラ・ラ・ラ・ヒューマン・ステップスやピナ・バウシュのヴッパタール舞踊団に参加した経歴をもつプリオヴィルは、2010年に自身のダンス・カンパニーを設立し、ドイツ、デュッセルドルフを拠点に活動している。観客がスカイプでパフォーマンスに参加したり、観客とダンサーがスマートフォンと専用アプリを使いながらパフォーマンスを行なうなど、より私たちの身近なものになったテクノロジーを積極的に作品に導入してきた。『Rendez-Vous Otsuka South & North』は、ヴァーチュアル・リアリティ(VR)を導入した、観客の全周囲を見回せる、360度映像による、本人言うところの「仮想現実のダンス映像インスタレーション」作品である。これまでに5つのフェスティバルで上演されており、サイトスペシフィックに、つどそれぞれの場所にもとづいたヴァージョンが制作されている。今回のヴァージョンでは、大塚駅南口の駅前広場「トランパル大塚」(南)と、駅の反対側、大塚駅北口のホテル「星野リゾート OMO5東京大塚」(北)の4階にあるカフェのふたつの会場でそれぞれ異なる作品が制作された。

F/T20『Rendez-Vous Otsuka South & North』 (写真:阿部章仁)

 駅前広場である、「トランパル大塚」は、多くの人が行き交う駅前にあるが、その側には都営荒川線が走っているのが見えて、それを眺めながらベンチでくつろぐこともできる、どこか、駅前の往来の中にぽっかりと開いたのどかな空間だった。観客は、会場として用意されたテントの中のベンチのひとつに腰掛け、ヘッド・マウント・ディスプレイ(HMD)を装着し、その場所であらかじめ観客の座る位置から見える全方位を撮影した360度映像の再生を視聴する。もちろん、それは映像の再生をただ鑑賞するのとは異なる。観客が首を回せば、そこにもダンスが収録されたある日の大塚駅前の情景がひろがっているし、視界から逃れたダンサーを目で追っていくこともできる。観客はHMDの装着前と後で、(時刻や天気によって見え方は変わるだろうが)ほぼ変わらぬ風景を見ている。そこに、(体験時には実際にはそこに存在していない)4人のダンサーたちがあらわれ、木の周りを囲うベンチを使って、ダンサーどうしが組みになり、木を支点に体を傾けたり、また、その空間を走りまわったり、そして正面を向いた観客の眼前で、あたかも自分ただひとりが観客であるかのようにダンスが繰り広げられたかと思うと、四散していく。ただひとりの観客の視点がダンスの中心であるかのように、あるダンサーは観客を指差しながら、視界から消える。視界から消えたダンサーを目で追っていくと、最初はまったく意識していなかったが、そこにはベンチに座ったお年寄りたちがいたことに気がつく。すると、お年寄りたちは全員たちあがり、ラジオ体操をはじめるのだった。作品を体験する現在と、作品が収録されたかつての時間が、VRとして感覚の上で重ね合わされる。このVR体験は、視覚的には同じ場所を共有することで、現実を別の時間とおき替えてしまう、代替現実(Substitutional Reality)と呼ばれるような方法にも近い。

 一方、「星野リゾート OMO5東京大塚」での作品は、ホテルの4階フロアにあるカフェを舞台とした作品である。通常の営業も行なわれているため、ちょうど一般客が後方の席で打ち合わせのような何かをしていたのだが、それが何か作品の要素なのではないかという深読みをしてしまった(が何も起こらなかったし、映像内にその打ち合わせは存在しなかった)。こちらは、ふたりが別々の席で体験することができ、それぞれの席のためのふたつのヴァージョンが存在しているという。劇場ではなく、日常的な空間を舞台に変えてしまう、こうした方法は、もちろん実際にその場で上演することも可能ではあるだろうが、一度に鑑賞できる人数を考えるなら現実的ではないだろう。この作品は、コロナ禍以前に構想されているものだが、現在の状況を予見したかのような作品になった。劇場という空間に観客を集めるのではなく、予約したある時間にひとりで体験し、さらにはその場にはパフォーマーさえもいない。多くの観客とともに鑑賞する体験には、その出来事を目撃したことを共有する高揚感があるかもしれない、しかし、たったひとりの観客のために、作品が目の前で手が届くようにも思える場所で(擬似的にではあるにせよ)体験できることにも、それまでの劇場での鑑賞体験とは異なる豊かさがあると言えるだろうか。観客が鑑賞を終えると、まるで夢から覚めたかのように、そこにはただ日常的な空間があるだけなのだ。しかし、作品を体験している間、その空間はたしかに異化され、非日常的な時間がたしかに存在した。それは、私たちを束の間、別の時空に連れ出す。そして、その体験もまた「それがかつてあった」ものであることを強く意識させられるのだ。

F/T20『Rendez-Vous Otsuka South & North』 (写真:宮澤響(Alloposidae LLC))

 プリオヴィルは、フェスティバル/トーキョー20のウェブサイトで、「現実を抜け出す」という言葉で、観客へコメントを送っている*2。そして、今回のような「前例のない時」において、それがもっとも必要とされるものであるからこそ、「芸術文化のイベントが役割を果たしつづけなければ」ならないと言う。もちろん、芸術体験というものは、日常とは異なる、非日常を体験させるものであるとも言えるし、今回のようにVRを使用して、現実を異化し、現実に似た虚構に没入することで、現実を抜け出すことでもあるだろう。先に述べたように、舞台芸術の特徴のひとつは、観客の目前で演者が演じる、その現前性である。しかし、それを揺るがすことを試みるのがVRという手法の特徴であり、新しいメディアに固有の語法を見つけ、いかにその内容に結びつけるかが、表現者によって模索されている。と同時に、この、たったひとりの観客のために上演される「あなたのために作られた」ダンス・パフォーマンスのように、私たち観客にとっての現実を揺るがせる、「現実を抜け出」した、もうひとつの観客の場所を作り出すだろう。


*1——武藤大祐「リアリティとの戯れ——ファビアン・プリオヴィルの世界」フェスティバル/トーキョー 20 公演パンフレット
*2——フェスティバル/トーキョー 20 『Rendez-Vous Otsuka South & North』ウェブサイト
https://www.festival-tokyo.jp/20/program/fabien-prioville.html





(文・畠中 実)

畠中 実(はたなか・みのる)

NTTインターコミュニケーション・センター [ICC] 主任学芸員. 1968年生まれ.多摩美術大学美術学部芸術学科卒業。1996年の開館準備よりNTTインターコミュニケーション・センター [ICC]に携わり「サウンド・アート――音というメディア」(2000)や「サイレント・ダイアローグ――見えないコミュニケーション」(2007)、「[インターネット アート これから]――ポスト・インターネットのリアリティ」(2012)など、多数の企画展を担当。このほか、ダムタイプ、明和電機、ローリー・アンダーソン、八谷和彦、ライゾマティクス、磯崎新、大友良英、ジョン・ウッド&ポール・ハリソンといった作家の個展も手がける。

ファビアン・プリオヴィル・ダンス・カンパニー

2010年にドイツ、デュッセルドルフでファビアン・プリオヴィルが設立したダンスカンパニー。これまで10以上の作品を発表し、『Jailbreak Mind』(共同製作: tanzhausNRW,TrafóBudapest)(09)は、「Tanz plattform」にも招待された。『Experiment on ChattingBodies』(12)では観客がスカイプ経由でパフォーマンスに参加、また『the smartphone project』(13)ではスマートフォンアプリとダンスを連動させるなど、近年はテクノロジーと身体性を主軸とした作品制作を行っている。本作は、これまでに5つのフェスティバルに招聘され、それぞれの空間を活かしたバージョンが発表されている。

ファビアン・プリオヴィル(コンセプト・振付)

アンジェ国立振付センター卒業。ラ・ラ・ラ・ヒューマン・ステップスなどを経て、1999年ピナ・バウシュ率いるヴッパタール舞踊団に参加。退団後は振付家としても活動し、2010年ドイツ、デュッセルドルフを拠点に、自身のダンス・カンパニーを設立、パフォーミングアーツとマルチメディアを往還する作品づくりを続けている。
日本での主な公演に、ファビアン プリオヴィル&バレエノア『紙ひこうき』(08)、「あうるすぽっと× fabien prioville dance company × An Creative 国際共同制作 SOMAプロジェクト」(15)、瀬山亜津咲・ファビアン プリオヴィル振付作品『VENUS』(ダンスセッション2017)、演劇集団円『DOUBLE TOMORROW』(17)など。

リアルとヴァーチャルの間で “当たり前の風景”が揺らぐ 。
VR+ダンスが誘うあらたな鑑賞体験
Rendez-Vous Otsuka South & North




コンセプト・振付 ファビアン・プリオヴィル
日程 10/17 (Sat) - 11/12 (Thu)
会場 トランパル大塚、星野リゾート OMO5東京大塚
  詳細はこちら



人と都市から始まる舞台芸術祭 フェスティバル/トーキョー20

名称 フェスティバル/トーキョー20 Festival/Tokyo 2020
会期 令和2年(2020年)10月16日(Fri)~11月15日(Sun)31日間
会場 東京芸術劇場、あうるすぽっと(豊島区立舞台芸術交流センター)、トランパル大塚、豊島区内商店街、オンライン会場 ほか
※内容は変更になる可能性がございます。


概要

フェスティバル/トーキョー(F/T)は、同時代の舞台芸術の魅力を多角的に紹介し、新たな可能性を追究する芸術祭です。
2009年の開始以来、国内外の先鋭的なアーティストによる演劇、ダンス、音楽、美術、映像等のプログラムを東京・池袋エリアを拠点に実施し、337作品、2349公演を上演、72万人を超える観客・参加者が集いました。
「人と都市から始まる舞台芸術祭」として、都市型フェスティバルの可能性とモデルを更新するべく、新たな挑戦を続けています。
本年は新型コロナウイルス感染拡大を受け、オンライン含め物理的距離の確保に配慮した形で開催いたします。



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