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2021/02/09

できるとできない  村川拓也『ムーンライト』

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(文・佐々木敦  写真・石川 純)

 村川拓也の『ムーンライト』を、私は京都での初演(二〇一八年十二月)にはどうしても都合が合わなかったので、今回の「フェスティバル/トーキョー20」で初めて観た。「ピアノの発表会」が題材となっているらしいこと、京都在住の高齢の男性が主役(?)であるらしいことぐらいしか予備知識のないまま、いつものことではあるが出来るだけ白紙の状態で観て、したたかに打ちのめされた。『ツァイトゲーバー』(二〇一一年)に静かな衝撃を受けて以来、私は村川の作品を可能な限り── どうしても関東方面での上演に偏ってしまいはしたが── 追ってきたつもりだが、この『ムーンライト』によって、彼はその強固な作家性と鋭敏な問題意識を維持したまま、新たな段階へと踏み出したと思う。そのことについて書く。

 

 『ムーンライト』は、二脚のパイプ椅子とグランドピアノが置かれてある他は何もない舞台で、中島昭夫さんという七十代の男性に、村川拓也がインタビューする、という作品である。中島さんは学生時代に眼の難病と診断され、やがては失明すると宣告されたが、その後の何十年かにわたって病いは然程進行することはなく、全国を転々とする新聞記者の仕事を定年まで勤め上げ、三人の子も得て、現在は京都の左京区で隠居暮らしを送っている。中島さんはクラシック音楽が好きで、引退後はピアノ教室に通っている。『ムーンライト』の初演は「京都のローカルメディア」の発見と創造を活動理念に掲げたプログラム「CIRCULATION KYOTO」の一環として行われたが、村川は実際の上演会場となる京都市西文化会館にリサーチで通う内に、同館でたびたび開催されている近隣のピアノ教室の発表会に関心を抱いた。彼はやがて、ベートーヴェンの「月光」を弾き続けているという高齢の男性の存在を知る。それが中島昭夫さんで、村川は中島さん宅に赴いては色々と話を聞き、それはやがて『ムーンライト』という一本の舞台作品に結実することになった。

 ムーンライトF/T20『ムーンライト』

 

 これまでの村川作品と同様に、『ムーンライト』もまたシンプルな形式の作品である。壇上で村川が中島さんに、これまでの人生や音楽とのかかわりについて、あれこれ聞いていく。話の流れは大まかに決まっているのだろうが、基本的には即興的で、私が観た回でも中島さんが別の話題に逸れていきそうになったり、後ですることになっているエピソードを語り始めてしまったりすると、村川がさりげなく、あるいは露骨に話を引き戻す場面が何度も見られた(そのやりとり自体がユーモラスなのだが)。そして中島さんの話が一区切りする毎に、壇上に女性のピアニストが順番に現れて、エピソードにまつわる楽曲を生演奏する。ピアニストはドレスを着た小学生の女の子からピアノの先生然とした女性まで年齢もいでたちもまちまちで、途中、中島さんがピアノのレッスンを受ける様子を再現する寸劇が演じられたりもする。披露されるのはいかにもピアノの発表会的な、バイエルの曲やシューベルト、バッハ、ベートーヴェンの有名曲ばかりである。背後のスクリーンにさまざまな過去の写真を映し出しながら、村川は中島さんの経歴をかなりの早回しで辿ってゆく。観客は、目の前にいる老人の人生を少しずつ知ってゆき、やがて現在に行き着く。

 

 これだけであれば、単なる公開インタビューである。だが最後になって『ムーンライト』は俄に「演劇」に変貌する。中島さんがいちばん好きな曲、長年練習してきた曲、すなわちベートーヴェンの「月光」を、ここで弾きます、ということになる。中島さんはグランドピアノの前に座って、おもむろに演奏を始めようとするのだが、うまく弾けない。何度か挑戦し、途中までいったりもするのだが、中島さんは遂に諦めて、鍵盤から指を外すと、観客に向けてこんな内容を語り出す。お聴かせできなくて申しわけない。お恥ずかしい。その代わりというわけではないが、実は今から何年か前に、たまたま知人夫婦と一緒だったときに、ふと近くにスタインウェイの代理店があることを思い出し、彼らにピアノを聴いてもらいたくなって、店に行って頼み込んで弾かせてもらったことがあった。そしてこれもたまたま、その知人が動画の撮れるカメラを持っており、自分が「月光」を演奏する一部始終を撮影してくれたのだ。これから、その映像を再生してもらうので、どうかご覧ください。こうして観客は、現在の中島さんと一緒に、今よりも若く見える過去の中島さんが「月光」を見事に弾き切るのを観るのである。映像が終わると舞台は暗転し、そこで『ムーンライト』は終演となる。中島さんは女性ピアニストたちと並んで立ち、拍手を浴びながら気恥ずかしそうに一礼した。

 

 私は虚を突かれた。深く感動していた。そして同時に、村川拓也の演劇作家としての手腕に、舌を巻いてもいた。ラストの展開は、こう言ってよければすこぶるドラマチックであり、この作品のあらゆる要素が、あの映像に向かって収斂していったのだということがわかる。重要なことは、今の中島さんには「月光」がもう十全に弾けないということ、そのことが知れたあとの彼の言葉は「台詞」なのであり、そうしてあの映像が映写されるのは「演出」なのだということである。なぜならこれは演劇作品であり、複数回上演されるものなのだから。そもそも私が観たのは「再演」だったのである。この原稿を書くために、私は京都での上演の記録映像を観せてもらった。そこには、私が見たときよりも数歳だけ若い中島さんが映っていた。だが最後に流れる映像は、当たり前だが私が観たものと同じだった。だが、この「当たり前」の中にも、村川拓也の誠実で真摯な、そして大胆不敵な方法意識と、人間と人生に対する優しくも透徹した視線が宿っていると感じた。「演劇」と呼ばれる営み/試みが、あるとき、ある場所で、その都度一度きりの出来事として上演されるということの不思議さ、切実さが、そこには驚くべき鮮明さで立ち上がっていた。

F/T20『ムーンライト』

 

 村川拓也の出世作『ツァイトゲーバー』は、介護福祉士でもある男優が、実際に彼が普段やっている、ひとりの全身不随の男性の介護の模様を、その場で募った観客をその人に見立ててマイムで再現する、という作品だった。一種の発明とさえ呼んでよいだろう、この傑作は高い評価を受け、その後も再演を重ね、同じ手法を応用、発展させた『インディペンデントリビング』(二〇一七年)や『Pamilya』(二〇二〇年)といった作品群を生むことになった。それらで観客のひとりが扮することになるのは、いずれも何らかの理由によって介護を必要とする人たち、言い換えるならば、何かができない人たち、である。動作や歩行が困難な人たち、食事や排泄、入浴などといった日常生活の一部が独力では行えない人たち。村川は介護者と被介護者の非対称性と、にもかかわらずそこに結線される共感や信頼関係を、「演技」という次元、「上演」という次元に、ある意味では強引に置き換えることによって、いわば「介護の演劇性」と「演劇の介護性」の両方を表現しようとした。そして、その前提に、その底に存在していたものこそ、何かができない、ということだった。これを不可能性などと呼んでしまうと話は急につまらなくなる。そういうことではなく、何かができない、ということは、だが何かはできる、ということなのだ。『ツァイトゲーバー』の、実在してはいるが上演ごとに異なる観客が演じていた「藤井さん」は、介護士=男優と眼球の運動だけで意志の疎通ができていたではないか。何かができないということは、何もできないということとは違う。だが、かつてはできたことができなくなる、ということもある。『Pamilya』の、フィリピンから単身やってきて高齢者介護施設で働く介護福祉士候補生の女性が担当する利用者の「エトウさん」は、最初はやたらと暴れて彼女の手を叩いたりしたが、やがて体が弱ってそれもできなくなる。それは残酷だが、実のところごくありふれた世界の真理だ。



F/T20『ムーンライト』

 

 『ムーンライト』に話を戻そう。中島さんは、ここ数年で眼の病いが急激に悪化し、舞台の上から見回しても客席のひとびとの姿さえ見ることができない。村川が「中島さんはいろいろなことができなくなることを、眼のせいにしない」と言うと、中島さんは「それは仕方がないことだから」と答える。彼の眼病は、現在の医学では治すことができない。だからそれを言っても仕方がないのだ、と中島さんはあっさりと言う。それでも、かつては見えていたものを、今ではもう見ることができない、のは頑然たる事実だ。中島さんは、最初はピアノが弾けなかった。だが練習するにつれて上達し、一時は大好きな「月光」が弾けるまでになった。だが、眼のせいであれ他の理由であれ、彼は今、だんだんと再びピアノが弾けなくなっていきつつある。『ムーンライト』という舞台は、二〇一八年の初演の時点で、そのこと自体を「上演」する作品として創られたのだった。そして約二年後に再演された今回、中島さんは二歳年を取って、彼の「できなさ」は、その分だけ極まっていた。それは避けようもないことだった。そしてそれは、今後この作品が上演されるたびに、確実に極まっていくことになるのだ。

 

 では、これは一瞬の「悲劇」なのだろうか。そんなことはない。今はできなくなったことを、かつては確かにできたのだということによって肯定する。今はできていることが、やがてはできなくなるのだとしても、そのことだって肯定する。受け入れる、のでも、諦める、のでもなく、積極的に肯定する。常に現在を、今このようにしてあるのだということを、肯定する。それこそが中島昭夫さんが、『ムーンライト』という演劇作品が教えてくれることである。できるとできない、は二項対立ではない。『ムーンライト』を観るたびに、観客は、舞台の上に居るひとりの人間の、過去と現在、そして未来を、できるとできないが複雑かつ豊かに絡み合った、紛れもない一編の「劇」として、刻々と変化してゆく、変化してゆかざるを得ない、不可逆的な、だが全力で肯定されるべき真実のドラマとして、目の当たりにすることになるのだ。

 

 村川拓也は、「演劇」という芸術の本質と固く結びついた卓抜な方法論を駆使しつつ、ささやかな生を、大いなるものとして提示する。そこには「演劇」への、そして「人間」への、温かく力強い信頼が感じられる。彼がこれからどんな作品を創っていくのであれ、そこだけは揺るぐことがないだろう。

 

(文・佐々木敦)

 

佐々木敦

思考家。HEADZ主宰。文学ムック「ことばと」編集長。著書多数。
演劇を論じた著作として『小さな演劇の大きさについて』がある。
http://www.faderbyheadz.com/
https://twitter.com/sasakiatsushi

 

村川拓也

演出家、映像作家。映像、演劇、美術など複数の分野を横断しつつ、ドキュメンタリーやフィールドワークの手法を用いた作品を発表する。 介護する/される関係を舞台上で再現する『ツァイトゲーバー』(F/T11公募プログラム)は、HAU(ベルリン)の「Japan Syndrome Art and Politics after Fukushima」(14)を始め国内外で上演を重ねている。16年東アジア文化交流使(文化庁)として中国・上海/北京に滞在。18年ロームシアター京都「CIRCULATION KYOTO-劇場編」にて『ムーンライト』(助成:公益財団法人セゾン文化財団)初演。フェスティバル/トーキョーには『言葉』(12)以来の参加となる。 京都芸術大学舞台芸術学科・映画学科非常勤講師。。

この現実の中に、確かにあるものへ―。
“過去と現在を重ね"生"に触れるドキュメンタリー・ドラマ”
村川拓也『ムーンライト』

構成・演出 村川拓也
日程 10/31(Sat)・11/1(Sun)
会場 東京芸術劇場シアターイースト
  詳細はこちら

 

人と都市から始まる舞台芸術祭 フェスティバル/トーキョー20

名称 フェスティバル/トーキョー20 Festival/Tokyo 2020
会期 令和2年(2020年)10月16日(Fri)~11月15日(Sun)31日間
会場 東京芸術劇場、あうるすぽっと(豊島区立舞台芸術交流センター)、トランパル大塚、豊島区内商店街、オンライン会場 ほか
※内容は変更になる可能性がございます。


概要

フェスティバル/トーキョー(F/T)は、同時代の舞台芸術の魅力を多角的に紹介し、新たな可能性を追究する芸術祭です。
2009年の開始以来、国内外の先鋭的なアーティストによる演劇、ダンス、音楽、美術、映像等のプログラムを東京・池袋エリアを拠点に実施し、337作品、2349公演を上演、72万人を超える観客・参加者が集いました。
「人と都市から始まる舞台芸術祭」として、都市型フェスティバルの可能性とモデルを更新するべく、新たな挑戦を続けています。
本年は新型コロナウイルス感染拡大を受け、オンライン含め物理的距離の確保に配慮した形で開催いたします。



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