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2020/01/16

『Sand(a)isles』評 「勝手に記述を進めることの困難」

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(文:村社祐太朗

 11月6日の18:00になる直前に、Webに記載された集合場所に到着した。この日は「Bルート」だとWebには記載があったが、わたしは何故かDルートだと思い込んでいて、はじめそちらへ行ってしまった。開始5分前になっても人気のないままだったので、いよいよ不安になりもう一度Webを見た。

 集合の目印だった池袋駅東口側にある劇場、シアターグリーンに来るのは初めてだった。その脇の建物の外に漏れ出していた人集りには知り合いの顔もあり、ああここかと近づいた。受付では参加を断られるかと思った。開口一番にかなり苦い顔をされたからだ。ただ直後に「定員は超えてしまったが、でも参加できる」と知らされたので、それは参加希望者に繰り返し示している何か意図のある対応なのだと分かった。これはこの作品に参加するうちに勘ぐったことだが、恐らく道路交通法に抵触しないようWebに記載されていた7人という定員を、恐らく大きくは超過しないよう皆が努力しているようだった。ただあの表情と翻りを思い返すと、とはいえ本当に重要なのは人数ではなく、共に道路を歩く一団の規模とその振る舞いの具合のようにも感じられる。派手になってはいけないとか、デモに見えてはいけないとか? 受付では名簿を渡され、空欄に自分の名前を記入した。






 『Sand(a)isles(サンドアイル)』では、集まった参加者10名前後の一団が、予め決められた環状のルート(なんの変哲もない街路)をゆっくり歩いて回る。時間にして20分弱。「移動式の砂場」だという見たことのない形をした台車を中心に据え、ケアテイカーと呼ばれる先導人に率いられ進む。一周してまた集合場所に戻ってくると、スタート時と同じようにまたケアテイカーの話を聞く。そして2周目に入る。また戻ってくるとやはりもう一度ケアテイカーの話を少し聞く。そして最後の3周目に出発する。3度の周回を終えたあとに設けられる場も含めると計4度、ケアテイカーを囲み参加者全員が顔を突き合わせる時間が少しだけ取られる。その都度ケアテイカーは11インチのMacBook Airを開き、短いパワーポイントを使って小さなプレゼンをしてくれる。「これから一周回るあいだ、道に置かれている“仮設”のものがどうしても気になる生き物になってください」というのが、スタート時に参加者に向けられた提案だった。仮設のものの例も画面で丁寧に説明された。パイロンや段差ステップは動かせる、だから仮設だ。ガードレールは動かせない、だから仮設ではない。わたし達はひとまず「うん」と提案を飲み込んで、街路の練り歩きに乗り出した。2周目では変態を提案される生き物の特性が変わった。「いまから皆さんは何にでも座りたい生き物です」ということだった。そうか、と頷いてわたし達は次の一周で腰高か、あるいはそれ以上の高さでもよじ登りさえすれば座面に適当な平面が得られそうな構造物を、目を皿にして探した。道中にはケアテイカーから促しもある。「どうですかあれなんて」「ああこんなの、私達のためにありますね」などと。そうしろと言われていたので、わたしは実際に普段座らないような腰高の塀に座ってみたりした。その身振りを朗らかに見守る人もいれば、ほとんど批判的に横目でとらえたりする人もいたりと、参加者の気分はまちまちだった。3周目は「何にでも登りたい生き物」になれということだった。わたしは既視感を拭おうと躍起になりながら最後の周回に参加していた。というのも2周目でもほとんど同じように街を、壁を、見上げるように歩いていたため、ここでは目に入ってくるものを再び捉え、それを解釈し直そうと時間をかけるという営みに賭けるしかなかった。

 3度の周回が終わり、最後の小話でケアテイカーの小林千尋は今和次郎の考現学に触れた。不確かな要約ではあるが凡そ「ある物の機能を一度忘れて、物それ自体にいま一度まっさらの目を向けてみたいと思い、先ほどの3つの提案をした」といった話だったと思う。確かにそういう体験だった。ここでわたしが痛感していたのは、店の看板や広告、そして道行く人の顔や格好がほとんど記憶に残っていないということだった。普段ではこういうことにはならない。街路を行ったらばどこに何のコンビニがあったか、美味しそうな飲食店はどこそこの角に、趣味の良い服を着た人がなんとかって通りにいたななどと様々な思い返しがあり得るはずだ。しかし今日街路は、まるで表情を失った何かとして認識された。だから小林の参照の意図とは裏腹に、今和次郎が街路から掬いとったような風俗(と観察者によるその記述)(注1) は、先ほどの体験から綺麗に拭い去られていた。




 この作品の作り手であるアニコチェと山川が提案している「新しい視点で都市を見つめる」(注2) という姿勢はともすれば、都市の表面を上滑りするファナティックな視座の設定に落ちいってしまうのではないか。その先にある体験は、目の前のディテールと縁遠い歴史記述を強制されるような、劇場での体験と似た侘しいものになってしまう。この危険な橋をケアテイカーに渡らせている、そういう作品として『Sand(a)isles』を捉えることもできる。それほどに小林の孕んでいた捻れは印象的だ。今和次郎を参照しながら、風俗が消え去る街歩き体験。都市を捉える枠組みを設定したうえで、肝心の対象が脱色されている。  ただ一方、ここでケアテイカーが担っている役割はかなり困難なものだとも言える。ある一団を設定した時点で都市はすんなり舞台化し、参加者は観客化し、各々の主体性は失われていく。しかしその上で、ありありと目の前を掠めていく日常の風景から、あるいはばらばらの歩みから、観客が普段と同じように、あるいはそれ以上に豊かな体験を持ち帰ること。それが彼らケアテイカーの「介入」によって目指されなければならない、というのはかなり荷が重い。とはいえアニコチェの言うように演劇の作り手が「ソーシャルワーカー」(注3) として振る舞うのであれば、例えばストレングスモデルの視点に立ち、このような成果を想像することも可能だろう。当事者(=観客)にとっての環境・社会資源(=都市・風景)から潜在的な力をどう導き出すか。あるいは観客の適応能力にどう働きかけるか。その役割がこの作品では、ほとんど漏れなくケアテイカーにも移管されている。

 ケアテイカーは全部で9名いたらしい(うち一人は作家のアニコチェ自身)。Webに登板表はなく、参加者は任意の回に偶然登板するケアテイカーを通して、この作品を体験することになる。11月9日にCルートで実施された『Sand(a)isles』に再び参加したわたしは、そこで街路を思わぬ目で見通した気がした。その日のケアテイカーはダンサーのAokidだった。先日の小林がきちんと街歩きの方策を提案し、安定した周回を設計したのに比して、Aokidの先導はかなり奇異なものだった。特に具体的な提案がされないまま、動き出した彼の後を参加者は戸惑いつつ追う。移動式の砂場も先日のものと比べ動作がぎこちなく、また極端に嵩張る形をしていた。1周目、風俗店の目立つ路地を進むあいだ、彼は何度か腕を振ってビル上部や脇道を指し示した。あるいは「振る舞い水」が紙コップに注がれ、それが参加者全員に配られた。ここまでは迂闊にも、単に支離滅裂な感じを受けていた。彼はその後きっかけを得るなり「ラジオターイム」と叫び、リクエスト曲を書いて返すようにと紙切れとペンを配り始めた。またそれと同時並行で、空になった紙コップを異様な方法で返すように迫った。ピンク色のマスキングテープを使い、台車の上に立てて貼れというのだ。ただこの提案も皆に聞こえるように明示したのではなく、彼からマスキングテープを渡され、彼の何らかのジェスチャーや短い言葉を受けた先頭近くの参加者がすることを、後続が見様見真似でやってみたというだけだった。終始不安定な連帯がわたし達を結びつけていた。ただ一方で彼の繰り出す出来事の連関は徐々に際立ってくる。




「ラジオ塔です」と言うので見上げると、ここから少し離れたところに確かに高い塔が立っていた。とはいえそうかラジオ塔なんだな、と思うのがやっとで、がたがた音を立てて進む台車に我々はそそくさついていく。ただふと不気味なことに気づく。先ほど台車の上に半ばめちゃくちゃに貼りつけて出来た紙コップの塊は、そのラジオ塔と同じカラーリングになっているのだ。振り返ると真っ白のラジオ塔の根本には、ピンクのボーダーが数本走っている。また2周目の道中、リクエストのあった曲を実際に流している様子をみても、やはりその紙コップの塊が「私達の」ラジオ塔だということなのだろう。説明はない。3周目でラジオ塔(後で調べると実態は「清掃工場の煙突」だった)が見える道にまた差し掛かったとき、Aokidは台車の上の紙に何かを書きなぐりながら「ロードオブザリングに出てくるのに似てませんか」と言った。2周目までラジオ塔だと言っていた白い塔を、今度はロードオブザリングに出てくる塔と似ていると言ったのだ。そしていま一度台車の上の紙に目を戻すと、そこには乱れた字で「ロードオブザリング」と書かれていた。周回する間、受けつけられないような指し示しが沢山あった。ただそれは彼なりの記述に他ならなかった。わたしはそのうち気になったものについてよく考え、その他についてはすぐに忘れた。




注1 以下のハリー・ハルトゥーニアンの記述を参照のこと。「今が確信していたのは、現代の風俗を理解することは別の歴史を書く行為だということであり、その意味は将来の世代によって利用されるだろうということだった。それは、現に生きられ経験されている風俗が、習慣的なしきたりに硬化してしまう前に摑まえることにほかならなかった。(中略)同時代の風俗とは、現代研究にとっての遺物や廃墟の貯蔵庫なのである。生きられつつある生活の断片は、民俗学者が大切に扱う残された痕跡のように、それに込められた社会的意味をつきとめることによって、現代人の内面生活を開示することができた。」pp.213『歴史の不穏』樹本健訳(こぶし書房,2011)
注2 https://www.festival-tokyo.jp/19/program/sand-aisles.html
注3 https://www.cinra.net/interview/201910-festivaltokyo_kawrk?page=2

 

村社祐太朗

新聞家主宰。演劇作家。1991年東京生まれ。作品の特異な上演様態は「読むこと」そのものとも言われる(佐々木敦)。書くことや憶え繰り返すことを疎外せずに実現する上演を模索中。2019年度より公益財団法人セゾン文化財団セゾンフェロー。2020年度よりTHEATRE E9 KYOTOアソシエイトアーティスト。

『Sand (a)isles』

演出・設計 JK・アニコチェ×山川 陸
日程 10/28(Mon)-11/10(Sun)
会場 豊島区内各所
詳細はこちら
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