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2020/11/11

混乱の時代に“祈り”を届けるために──『神の末っ子アネモネ』演出家キム・ジョンインタビュー

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(文・河野桃子)

昨年のフェスティバル/トーキョー19で初タッグを組んだ松井周とキム・ジョン。再び2人が取り組んだのは、ヨハン・アウグスト・ストリンドベリ作『夢の劇』。それを大胆に翻案した松井周の戯曲『神の末っ子アネモネ』がさらにキム・ジョンの演出により、夢なのか演劇なのか現実なのか不思議な感覚に引きこまれる作品となった。

当初は日本での創作・上演を予定していた今作が、コロナの影響により映像上映となったからこそ辿り着いた演出とディテール。観客は画面を通し、現実のような手触りと力強さ、浮遊感をともなう心もとなさをも感じるだろう。誰もが予想しえなかったコロナ禍においてどのような祈りをともなって韓国から日本へと届いたのか。演出のキム・ジョンが創作の軌跡を振り返る。

混乱の時代にこそ必要な物語を

──なぜ今、『夢の劇』を原作に取り上げようと考えたのですか?


コロナウイルスの蔓延している時期にどんなメッセージを持つ作品をつくればいいのか、とても悩んでいました。そんな時に、尊敬する劇作家の方の事務所にうかがったら『夢の劇』の戯曲集があったんです。もともとストリンドベリの作品はとても難しいという印象を持っていたので敬遠していたのですが、ふとページをめくってみたら、冒頭に神の娘アグネスが地球に降りてくるシーンがあり、それがとても強烈で、上演しようと思いました。
というのも、自分を神だと思っている人間がいきなり地球で人間として生きたらどうなるんだろう、という物語をずっとやってみたかったのです。まさにその物語がこの戯曲に入っていたことは運命的でした。とくに今の混乱の時代にこそ、このような普遍性を持った物語が必要だと感じたからです。

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──なぜ劇作を松井周さんに依頼されたのですか?


F/Tディレクターの(長島)確さんの言葉に強いインスピレーションを受けたことがきっかけです。確さんは「この時期に日本で作品を上演するのなら、既成の戯曲ではなく、ソウルで生きているキム・ジョンさんと今を生きている日本の作家でつくらなければいけない」と言いました。これは非常に大事なことです。今やるなら、現在を反映する作品を上演するということにとても共感しました。
そこで松井さんにお願いしたのは、去年に一緒に作った『ファーム』がとても濃い出会いだったからですね。創作のなかで、「ああ、こういうこともできるんだ!」という発見や驚きがたくさんありました。とはいえ、今回は無理なお願いだろうなとは思っていたんです。執筆の時間がとても短かったので、失礼じゃないか、断られるんじゃないかという気持ちがありながらも、冗談まじりに確さんに「松井さんにお願いしたいですね」と言ってみました。確さんも「無理かもしれないね」と言いながらも松井さんに相談してくれ、松井さんも快諾してくださったのでとても嬉しかったですね。しかもとても速く台本を書きあげてくださいました。


──届いた戯曲を読んで印象はいかがでしたか?


「これはなんですか…!?」と言ってしまいました(笑)前回の『ファーム』の台本を初めて読んだ時もまったく同じ反応をしてしまったのですが、松井さんの発想が面白くて、驚かされました。構成台本かと思うほど原作より短くなっていたのですが、原作を活かしながらも難しい部分がとても整理されていて、しかも松井さんの作品になっていたんです。さらには私が自由に演出するように配慮してくださっていることが伝わったので「私のことをよく知っているな」ともありがたかったですね。



この創作を通し、人生についての世界観が変化した

──神の娘アネモネがアニメのような衣裳でハロウィンパーティに参加している、というところから物語が始まります。仮装をしていることで、アネモネが本当に神の娘なのか、人間が神の娘のコスプレをしているのか、本当の姿がわからないという構造になっていました。


自分のなかでも決めませんでした。神様の娘でも、人間でも、かまいません。アネモネはあどけない子どものような姿であらわれ、1時間40分の上演時間中に年老いて死に向かっていく。ひとつの演劇作品とはひとりの人生を描くものだと思っているのですが、とくにこの作品では「死」が悲しいものではなく、生まれ変わるイメージになっています。アネモネはとても弱くておかしな人物ですが、諦めない彼女の姿を見て、「この人はもしかして神に近い存在かもしれない」と感じてもらえたらいいですね。
というのも、私自身がこの作品をつくるなかで世界観が変わり、「人は産まれた時がもっとも神様に近い存在だ」というふうに考えるようになったのです。人は大人になる過程でそれを失ってしまいますが、歳老いていくうちに神様に近い自分の存在を回復させる人もいれば、そのことを忘れたまま生きてしまう人もいる。それはそれぞれの選択ですし、それが人生だなと思うようになりました。

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──劇場の客席が舞台背景になっています。それにより、舞台上のアネモネの人生や、演劇そのものが、夢のような現実のような不思議な錯覚にも陥ります。


客席を背景にしたのは、このような時代にもう演劇が消えてしまうかもしれないという危機感があったからです。稽古中は、上演ができるかどうか先が見えない状態でした。劇場の変更を重ねましたし、最終的には映像での上映ということになりました。このままでは劇場がすべて消えてしまうかもしれない。そんな状況でしたから、廃墟になった劇場にこっそり俳優たちが入って芝居をしているように見えるといいなと考えたのです。無人の客席をあえて映すことで、誰もいない客席の前で俳優たちが生き生きと演技をしているという寂しいようななんとも言えない気持ちをみなさんに届けたかった。きっと満席の客席が見えていたら、全然違う印象になるでしょうね。
また、実際の観客が座る客席は、劇場のステージの上に作っています。そうすることでもこの物語が夢なのか現実なのかを曖昧にさせ、予想もしなかったこの現実と重ねようという意図があります。


──鮮やかなビジュアルや軽快な動きもまた、夢と現実を曖昧にし、想像力を刺激します。どのようにその世界観をつくっているのでしょう?


ディスカッションをたくさんしますね。メイクデザイナーやコスチュームデザイナーや舞台美術家に一人ずつ会うのではなく、いつも一緒に集まってお互いの意見を話し、どんなイメージでも自由に共有します。「神の娘がセーラームーンみたいなアニメキャラクターのような人物だったら?」というアイデアも最初は冗談半分だったのですが、そんな大胆な思いつきを言っても、デザイナー達が持ってくる衣裳はもっと大胆。お互いに自由に刺激を与え合うことで良いチームワークがうまれます。
それら自由なアイデアの共有のもとにあるのは、身体への信頼です。身体は絶対に嘘をつけないし、言葉以上にものを語る瞬間がある。それを信じて大胆な試みをしています。

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コロナ禍での確信「演劇はもっと演劇的でなければいけない」

──コロナ禍であることは、今作にも大きな影響を与えていると思います。創作において世の中を反映させることについては、どのように意識していますか?


私は劇作家ではなく演出家ですので、作品を選ぶこと自体がとても政治的で社会的な行為です。ただ、今の社会をそのまま舞台上で表現することは控えています。なぜなら、誰の身体にもすでに現実が入っているからです。そのうえで自分の解釈や説明を具体的な言葉にしてしまうと、お客さんの想像力を制限してしまう。お客さんが自分で想像して、現実や社会を積極的に解釈してくれることを信じながら演出をしています。
実はこんなことを言えるのは、現実を具体的な言葉にする作品がほかにもいっぱいあるからです。ですから、私の作品を観にきてくれるお客さんが、もっと違う観点で「すごく演劇的な作品だな」と感じてくれたらいいですね。自分の現実に戻った時に私の作品を思い出すことで、「自分はこういう現実に生きてるんだな」と実感できたらいいなと思います。

──コロナ禍で作品を作ったことで、キムさんにとって変化はありましたか?


まず、想像していたよりもとてもとても大変でしたし、強い責任を感じていました。作品を作れるのはすごく嬉しいと同時に、危ないことをやっているという認識があったのです。稽古ができなかった期間もあり、「私たちは情熱を持って稽古をしているけれど、もし一人でも感染者が出たら一瞬でダメになるかもしれない」という不安をつねに抱えていました。
けれども今作で映像上演をしたことで、ある確信を持つようになったんです。これまでも「演劇はなぜ演劇でないといけないのか」とはつねに考えていましたが、カメラのアングルを通して舞台を見て、さらに編集で舞台上演よりもディテールまで修正した経験により「演劇はもっと演劇的でなければいけない」と確信しました。そうすることで、カメラを通しても演劇は伝わると感じています。



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──「演劇的でなければいけない」とは?


演劇には重要な要素がいくつもありますが、なかでも演劇の面白さは、リアルな時間や空間を無視できることだと思います。限られた時間と空間のなかで自由に想像力を活かして創作するジャンルです。そこでは身体、言葉、色、空気、匂い、音などさまざま要素すべてが特別な意味を持つことができる。それらを使って自由自在に遊べるのが演劇です。
それらをカメラを通して見ることは面白いです。今回は7台のカメラで撮影しているので、ふだんは自分1人の目でしか見えていないことも7人分の目で見ることができました。また、撮影チームの仕事もとても誠実で、長い期間をかけて0.5秒単位まで確認をして制作してきました。そうして映像によって作品のディテールにまで向き合うことで、「こういう見方もあるんだ」「こういう意味にもとれるんだ」と新たに気づいたことが多くありました。
ただ、劇場での上演と違うのは、お客さんと交流する機会がないことです。劇場であれば、直接声を聞くことができます。「今日はこれがちょっと良くなかったな」とか、別の日には「良かったよ」などの反応を聞いて翌日の公演に反映することができる。そういう時間は演劇をするうえでの大きな幸福だったんだなと、今になって思います。



──直接会えないからこそかもしれませんが、今作には日本人に向けてのメッセージを入れられています。松井さんの脚本にあえて追加したことに込めた思いは?


『神の末っ子アネモネ』は韓国の観客も観てくださるけれど、日本の観客のために作った作品です。もし日本で創作できたならまた違う作品になったかもしれませんが、この大変な時期に映像上映が実現できたのは、F/Tをはじめ関わられる方々が声をかけてくださったから、つまり、祈ってくださったからです。
今は“祈り”が必要な時期ですから、この作品もまた、参加してくださった方、楽しみにしてくださった方、観てくださった方にとっての祈りとなってほしい。私は『夢の劇』の一番の魅力は強い言葉だと思っていますので、戯曲の最後に書かれた言葉(詩)を日本語で日本のお客様に届けることで、癒しのようなプレゼントになればと祈っています。


キム・ジョン
(文・河野桃子)

キム・ジョン

キム・ジョンプロフィール写真

俳優、演出家、作家、スタッフが集い、あらたな劇言語の創造を目指すコレクティブ「プロジェクト・ホワイル」のメンバー。緻密な戯曲解釈と大胆な演出手法を両立させる、韓国演劇の新鋭として注目され、日本でも『ファーム』のほか、『お客さんたち』(鳥の演劇祭11/2018)を上演、オムニバス公演『芥川龍之介をめぐる3つの小作品』(BeSeTo演劇祭26/19)にも参加している。ドゥサン・アーティストアワードパフォーマンス部門(18)、東亜演劇賞新人演出家賞(17)受賞。

河野桃子

演劇ライター
桜美林大学総合文化学科(現・芸術文化学群)にて演劇、制作、アートマネジメントを学ぶ。卒業後は週刊誌や経済誌などのメディアで記者、編集者として活動。現在は主に商業演劇を中心に、小劇場、ダンスなどのインタビューや公演記事を執筆している。高知県出身。
twitter: @momo_com

 

F/T19『ファーム』で出会った日韓コンビ が再タッグを組む新作。 コスプレイヤーの眼に映る“人間界”とその未来とは─
『神の末っ子アネモネ』

松井 周
演出 キム・ジョン
配信期間 11/2 (Mon) - 11/15 (Sun)
会場 F/T remote(オンライン配信)
  詳細はこちら

人と都市から始まる舞台芸術祭 フェスティバル/トーキョー20

名称 フェスティバル/トーキョー20 Festival/Tokyo 2020
会期 令和2年(2020年)10月16日(Fri)~11月15日(Sun)31日間
会場 東京芸術劇場、あうるすぽっと(豊島区立舞台芸術交流センター)、トランパル大塚、豊島区内商店街、オンライン会場 ほか
※内容は変更になる可能性がございます。


概要

フェスティバル/トーキョー(F/T)は、同時代の舞台芸術の魅力を多角的に紹介し、新たな可能性を追究する芸術祭です。
2009年の開始以来、国内外の先鋭的なアーティストによる演劇、ダンス、音楽、美術、映像等のプログラムを東京・池袋エリアを拠点に実施し、337作品、2349公演を上演、72万人を超える観客・参加者が集いました。
「人と都市から始まる舞台芸術祭」として、都市型フェスティバルの可能性とモデルを更新するべく、新たな挑戦を続けています。
本年は新型コロナウイルス感染拡大を受け、オンライン含め物理的距離の確保に配慮した形で開催いたします。



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