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2019/12/23

ローカルな商店街に流れる「速度」 ─セノ派『移動祝祭商店街』レポート

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(文:萩原雄太)

ローカルな商店街に流れる「速度」

 フェスティバル/トーキョー19(以下、F/T)は、今回のF/Tのためにつくられた舞台美術家によるコレクティブ「セノ派」よる『移動祝祭商店街』によって幕を開けた。09年の第1回目以降、これまで10年にわたり東京における国際演劇祭としての役割を果たしてきたF/T。しかし、今年、そのオープニングの舞台に選ばれたのは、豊島区内にある超ローカルな商店街を舞台にした作品だった。

 いったいなぜ、この作品がF/Tのオープニングに選ばれたのだろうか? あいにくの雨模様となった上演2日目、10月6日のパフォーマンスをレポートしながら、この作品の持つ意味を見つめていこう。

街の眠りと共存する静かな祝祭

 『移動祝祭商店街』は、これまで舞台を支える活躍をしてきた舞台美術家(セノグラファー)たちがつくった山車を主役にした作品。第一部「みちゆき」と、第二部「まちまち」で構成されており、第1部では、豊島区内にある商店街を、舞台美術家たちがつくった山車が運行していった。

 東京の小劇場のみならず、アフリカ・ルワンダ共和国の芸術祭にもセットデザイナーとして参加した坂本遼がデザインした山車が運行したのは、かつて手塚治虫、石ノ森章太郎、藤子不二雄といった漫画家たちが住んでいた「トキワ荘」にほど近い「南長崎ニコニコ商店街」と「目白通り二又商店会」だった。

 かつては、現在の渋谷のように人通りでごった返していたというこの商店街は、今では人通りも少なくなってしまった。坂本は、春からリサーチを重ねながら、この街が「眠っている」という印象を抱いた。そして、「決して死んでいるわけではなく、心地よく眠っているのではないか」というこの街のためにつくられたのが、ベッド型の山車だった。

 パステルカラーの衣装を着たパフォーマーたちとともに街を進むベッドは、商店街に眠っていたマンガ、フィギュア、そろばん、引き出しといった街に眠っていた物の数々を乗せていき、その装飾を増やしていく。商店街の眠りを妨げないゆったりとした足取りに導かれるように、ベッドの周りにはこの商店街に暮らすおばあさんや子どもたちも集まってきた。



 そして、多くの物を乗せて商店街の終わりにたどり着くと、街に眠っていた物たちが飾り付けられることによって、ベッドは山車として完成する。鈴木雅之による『夢で逢えたら』が流れると、今度は、参加者みんなで山車を引っ張りながら、ゆっくりと来た道を逆走していった。多くの人、物、そして街の夢を乗せた山車は、そろそろと商店街を運行し「山車の家」と呼ばれる場所に収められると、おやすみのヴェールがそっとかけられる。

 南長崎で行われた静かな祝祭によって、F/Tの幕は静かに開かれていった。



「輸送」のためのコンテナ山車

 南長崎に続いて「池袋本町通り商店会」でのみちゆきをデザインしたのは、「鳥公園」「Baobab」といったカンパニーの舞台美術を手掛けている中村友美。旧中山道・板橋宿にもほど近く、古来から現代まで物流の拠点・バックヤードの役割を果たしてきたこの地域を舞台に、彼女は「輸送」をテーマにした山車を設計し、パフォーマンスをデザインした。

 参加者は、商店街の人々によって振る舞われたみたらし団子を食べながらコンテナ型の山車が練り歩いていくのを見つめる。この山車を運行するパフォーマーたちは、運送会社の人々のような衣装に身を包み、ビールケース、畳、お米といった商店街にある品々を積んでいく。南長崎のパフォーマンスが静かな雰囲気を保っていたのとは反対に、こちらのパフォーマンスは「祝祭」らしい活気のある雰囲気に包まれていた。

 さらに、パフォーマンスが進んでいくと、コンテナにラップがかけられたり、自転車が走り回ったり、ダンスが行われたりと、にぎやかさが増していく。締めくくりとなったのは、振付として参加した北尾亘による「”重たい”荷物もって運ぶ、”想い”を載せてずっと運ぶ」というラップのリフレイン。そして、パフォーマーたちによって、高々と手袋が投げられパフォーマンスは終了した。

 狭い商店街の中で行われたパフォーマンスの最中には、自転車や通行人などが通り過ぎていく(その中には、「輸送」の本職であるウーバーイーツまで!)。通常のパフォーマンスならば、「邪魔」になりかねないそんな外部要因とも共存しながら、「輸送の祝祭」は展開されていったのだ。





「いろいろある」大塚を描くバルーンゲート

 そして、第1部「みちゆき」の最後を飾るのが、JR大塚駅近く、大塚駅南口盛和会からサンモール大塚商店街振興組合の間で行われた舞台美術家・佐々木文美によるパフォーマンス。彼女が山車として用意したのは、アラビア文字、ネパール語、ハングル、簡体字など、様々な国の言葉で「サンモール大塚」と書かれたバルーン型の巨大ゲートだった。



 イスラム教のモスク「マスジド大塚」前に集合した参加者たちは、このゲートをみんなで移動させていく。バルーンなので重くはないが、狭い路地の電線ギリギリ、道幅ギリギリにつくられた大きなゲートを移動させるのは至難の業。万が一突起物にぶつかれば、バルーンでつくられたゲートの空気が抜けてしまうリスクもある。さらに、佐々木からは「ブサイクになっている(形がキレイじゃない)」、「もっと太って(ゲートの幅を広げて)」といった美的なオーダーも飛んでくる。そんな巨大ゲートを、参加者たちは声を掛け合いながら進めていった。

 ゲートを移動させながら、床屋の前で記念撮影をしたり、天照大神を祀った天祖神社にお参りしたり(バルーンゲートも神社に向かって一礼!)、ハラルフードショップの店員さんに手を振ったりと、様々なイベントが用意されたこのパフォーマンス。大きな物体を協力しながら移動させる行為は、パフォーマンスに参加する人だけでなく、見に来た人、たまたま通りかかった人、すべての人をハラハラとした気分にさせ、誰もが巻き込まれずにはいられない。

 佐々木がこのパフォーマンスを設計するにあたって意識したのが、多様な国や宗教の人々が共存している大塚の街だったという。佐々木の視点から見た大塚の街は、多様なバックグラウンドを持つ人々が「多様性」として安易に束ねられるのではなく「垣根を保ちつつ関係性を保っている」場所だったという。パフォーマンスの最中、佐々木は、ハラルフードショップの店員に聞いたこんなエピソードを紹介した。



 「『大塚はいろいろな国籍の人が住んでいるから住みやすいの?』って聞いたら、『いろいろあるけどね』と話していたんです。それが今回の滞在中にいちばん共感できた言葉でした」

 「みんなで仲良く」や「一緒に共存していく」といった理想を掲げるのではなく、「いろいろあるけど」という現実を前提にしながらも、その「いろいろ」を巻き込んで進んでいく巨大なゲート。最後には、サンモール大塚本来のゲートを、バルーンゲートがくぐり抜けてパフォーマンスは終了した。そして、ゴール地点にたどり着くと、すぐさまバルーンゲートの空気が抜かれる。一瞬のうちに、多言語・多国籍が一緒になった「サンモール大塚」のゲートは霧消し、あたりは再び「いろいろある」大塚へと戻っていったのだ。



大塚で見つめる「からだの速度」

 豊島区の商店街3箇所を山車が練り歩いた第1部「みちゆき」に続き、第2部「まちまち」は、大塚駅前の広場「トランパル大塚」で、セノ派のリーダーを務める舞台美術家・杉山至によるパフォーマンスデザインによって行われた。

 各地で運行した山車がこの広場に集結し、舞台も設えられた空間。ここで、いったいどんな「祭り」が始まるのか……。演劇・ダンスファンだけではなく、F/Tのことなどまるで知らない通行人や地域の人々も集まってくる。

 アブストラクトな音楽を背景に、杉山自身によって集まった人々へのインタビューから始まっていった第2部。すると、明確な線引もなく、いつの間にか、広場全面を使ったダンスパフォーマンスが展開されていった。池袋本町でも振付を行ったダンスカンパニーBaobabの北尾亘が「浮かぶ」「風」「鐘」「光」といった抽象的な単語を発していくと、それに対してパフォーマーたちは即興の踊りを展開。いわゆる「パフォーマンス」的な雰囲気が辺りを包みながらも、都電が背後に通ったり、マイクに興味を示した子どもたちが北尾の代わりに「かぜ!」と言ったりする空間は、どこか心地のいいゆるさを感じさせる。語弊を恐れずに言うならば、そこは、パフォーマンスが辺りを一色に染めるような「祝祭」ではなく、目の前で行われるパフォーマンスを「無視できる」ような日常の空間のままだった



 さらに「海の記憶」と名付けられたパフォーマンスでは、波をイメージするダンスが展開されたかと思うと、この場所で毎朝行われているというラジオ体操が行われたり、サンモール大塚のゲートを的にした枕投げが始まるなど、「移動祝祭商店街」は、どこに行き着くかわからない雰囲気に発展……。そして、最後には大塚のご当地ソングである『大塚ものがたり』のカラオケ! 「日常」と「パフォーマンス」が、「街」と「アート」が混ざり合った混沌の中で、移動祝祭商店街は閉幕していった。

 これまで数年間、F/Tのオープニングは南池袋公園や池袋西口公園で行われるのが恒例だった。しかし、池袋という多くの人々が行き交う場所から、あえてその隣にあるローカルな「大塚」という場所を選んだことに、今年のF/Tが掲げる「からだの速度で」というコンセプトの持つ意味が見えてくる。

 『移動祝祭商店街』が見つめたのは、一般に国際演劇祭・芸術祭が求める「速さ」や「遠さ」ではなく、平均時速13kmで走る都電荒川線のような、私たちの生活する「東京」の姿だった。そして、舞台美術家たちは「山車」という舞台装置を生み出すことによって、東京に生きる人々の「生」を見つめ直す時間を生んだ。

 東京に生きるからだが紡ぐ時間を眼差すこと。そして、それと共存するパフォーミング・アーツを提示すること。『移動祝祭商店街』は、高速で変化を続ける巨大都市としてではなく、人々のからだの集合体としての「東京」を見つめるF/Tを象徴するオープニングとなった。

 

 

 

萩原雄太

 
1983年生まれ、かもめマシーン主宰。演出家・フリーライター。愛知県文化振興事業団が主催する『第13回AAF戯曲賞』、『利賀演劇人コンクール2016』優秀演出家賞、『浅草キッド「本業」読書感想文コンクール』優秀賞受賞。かもめマシーンの作品のほか、手塚夏子『私的解剖実験6 虚像からの旅立ち』にはパフォーマーとして出演。




移動祝祭商店街

パフォーマンスデザイン セノ派(舞台美術家コレクティブ)
日程 10/5 (Sat) – 10/6 (Sun)
会場 豊島区内商店街、トランパル大塚
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