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2019/01/25

【レビュー】メッセージ・イン・ア・トラム -福田毅『ラジオ太平洋』を彩るマテリアル-

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(文:落 雅季子)

メッセージ・イン・ア・トラム -福田毅『ラジオ太平洋』を彩るマテリアル-

 F/T18まちなかパフォーマンスシリーズ『ラジオ太平洋』は、福田毅(中野成樹+フランケンズ)によるソロ作品であった。福田はF/T16から3年連続でまちなかパフォーマンスに抜擢されており、南池袋公園のカフェ(『ふくちゃんねる』)、劇場横のアトリエスペースや劇場ロビー(『アドベンチャーBINGO!!』)に続く今年は、東京さくらトラム(都電荒川線)を貸し切っての、車内での上演となった。

劇場の外でおこなわれる演劇では、「現実」と「虚構」の境目をあやふやにし、そこにドラマツルギーを生み出すことに作り手の視点の鋭さ、およびテクニックが表れる。劇場で俳優が「役を演じる」ことによって観客が物語に没入する「暗黙の嘘」とは異なる「現実」が必要になるわけで、F/Tのまちなかパフォーマンスは、その境界を探ることに挑戦してきたシリーズだ。

 しかし、まちなかパフォーマンスを語る上で、「虚構」に対置する語としての「現実」という言葉では何かを取りこぼす気がずっとしていた。そこで、ここでは「現実」ではなく「マテリアル」という言葉を用いて本作を語ることにする。手に取れる物質としての「マテリアル」があってこそ、ノイズだらけの現実世界に太刀打ちできる劇場外作品が生まれるということを書いていきたい。

© Takaki Sudo


 上演は貸切車両を眺めている観客……いや乗客たちの集まる、早稲田停留場から始まった。シンプルな青いシャツに身を包んだ福田の待つ車内に案内され、乗客たちがおのおのシートに身を沈めた頃、都電はゆっくりと出発した。福田は、車窓の外を見回しながらゆるやかに話し始める。早稲田駅から終点の三ノ輪橋駅までは約1時間であること、上演にあたっての注意事項、本作はラジオ番組としてリアルタイムで音声がネット配信されていることなどが語られる。

 都電は、すぐに面影橋駅を通過した。高戸橋を大きくカーブし、われわれは豊島区へ入った。鬼子母神駅にて、福田は車内に青いビニールテープを張り巡らした。「人生における川」に見立てたそれをくぐりながら、ラジオのリスナー向けに、車外の風景の実況中継をする。誰もしていない草野球、ありもしない土手、どこにもいない学ラン姿の中学生の存在を、あたかも目の前で起きている事実かのように語る福田。その言葉の真偽を、ネットリスナーは判定できないが、車窓の外を観ている乗客には嘘だとわかる。だが、福田がつり革に手紙の入ったボトルを結んで周るあたりから、車内はその見た目も、それまでの日常の延長にあった都電とは異質な空気を帯び始めた。都電という舞台装置。青いテープ。吊り下げられたメッセージボトル。それらは全て上演のための「マテリアル」だ。そして徐々に、マテリアルがバーチャルを体感させる過程を乗客は目にすることになる。

 途中、何カ所かの停留場で休憩が挟まれる。その間、トラムの窓は開けられ、福田は話すのをやめるし、乗客も車内を歩き回ってメッセージボトルを開けても良いと言われる。しかし、駅に停車するたびに乗務員が何か言っているのだった。耳を澄ますと「貸切電車です。次の電車をご利用ください」とかすかな声が聞こえた。マテリアルだらけで作り込まれ、今現在、バーチャル空間であるはずの都電車内に律儀なアナウンスが差し挟まれることで、狐につままれたような気持ちになる。

© Takaki Sudo

 途中、ラジオらしく福田によって「リスナーからのお便り」が読まれた。お便りの主はこの時点で既に過ぎ去っていた時刻である「14:08さん」。読み終えたあたりで車両は飛鳥山駅に到着し、張り巡らされていたビニールテープは剥がされた。クリップで下げられたボトルメッセージだけが、文字通り宙ぶらりんで残される。おじぎをして、ベルを鳴らし、福田は過ぎ去りし「14:08さん」を悼んだ。そして、これから車両は東京湾を潜り、太平洋に出て時代を遡っていくことになる。

 終点となる三ノ輪橋のある荒川区は、縄文時代には地域の大部分が海だったそうだ。我々は、時空を超えて縄文時代の海へ向かっていると福田は語る。何度目かの休憩の際に、「海の中でも呼吸ができる飴」ということで、乗客全員にひとつずつ飴が配られた。私を含め、全員がすぐに封を開けて口に入れた。いわゆる「観客参加型」の演劇で配られた飲食物を、全員が、素直に食す場面を、私は初めて観た。全員かどうか、意識して確認したので間違いない。乗客たちの心がじゅうぶんにほぐれ、リラックスしていないとこうしたことは起き得ない。とかく「観客」というものは、自分が観客という立場で安住している演劇に巻き込まれることを本心ではとても嫌がるものなのだ。それを見事に手懐け、全員に飴を食べさせた福田は、驚くべき人たらしである。メッセージボトルやビニールテープ以外にも、実際に口にできる飴は、より身近なマテリアルとして作品とそれを体験する人々の距離を詰めることに成功していた。

 終点が近づいてきた午後15時近く、窓からは強烈な西日が差し込み、私の目を直撃していた。私が車両に乗り込んでから、着実に一時間が過ぎた。大きなカタルシスはないものの、都電荒川線という実在の路線の始発から終点まで乗るという経験そのものがドラマティックたりうるということを本作は教えてくれた。乗客たちは終点の三ノ輪橋停留場で降ろされ、福田は、折り返し運転で早稲田方面へと戻っていった。視界から消えてゆく福田と都電を見送りながら、私は半ば茫然と立ち尽くしていた。おみやげに、と一人ずつに渡されたボトルには、福田による手書きの三ノ輪橋周辺の地図が入っていた。

© Takaki Sudo

 福田はF/T「まちなかパフォーマンス」シリーズに3年連続登板を果たし、今作で大きな飛躍を遂げた。現実に走る都電の車両を、様々なマテリアルで装飾したことによって現実世界と虚構の狭間たりうるバーチャル空間をつくり出すことに成功した。

 フェイクニュースに溢れ、インターネットで誰でも複数の人格を持てるようになった今、劇場の外に出て真実、演劇をつくろうとするのであれば、「ただ目の前にある現実」だけを材料にするのでは不十分なのだ。「事実は小説より奇なり」という慣用句が大昔からあるように、現実の方がよほど禍々しいドラマに溢れている。それならなぜ人間は、芸術を、虚構を必要とするのか? その問いに対して、いかにして作家なりの「マテリアル」を追加し、現実を再構築したバーチャル空間をつくるかというのが今後のアートの、ひとつの課題ではないか? 中野成樹+フランケンズで、数々の古典や現代劇で舞台俳優としての力を磨き続けてきた福田が、ソロ作品を通して挑戦してきたのは、そうした問いに自分なりの答えを示すことであった。


 さて、福田に託された地図をもとに、私はジョイフル三ノ輪という商店街を歩くことにした。どうやら商店街の最深部に、この地に祀られている弁財天の祠があるらしい。

 ブティックに入り、女主人に弁財天の場所を訊ねる。「商店街をずっと行って、突き当たりを右よ」と丁寧に教えてくれたが「弁天様小さいわよ! ほんとに小さいわよ!」と何度も言われたので、よほど小さいのだろうと思った。その言葉には、この地で店を営む者からの弁天様への愛着を感じた。



Photo: 鈴木 渉


 商店街の真ん中で、私は再び道に迷った。整体店を営んでいる男性に、福田による手書きの地図を見せて「ここはどこですかね?」と何とも間抜けな質問をした私であったが、男性は「えっ、こんないい地図初めて見たよ! 写真撮っていい?」と喜んでくれた。時間をかけて福田が作ったであろう地図が、三ノ輪の街の人に喜ばれたことが私も嬉しかった。主人は、商店街のおすすめ店舗や、このあたりが太平洋戦争の(太平洋!)空襲で焼け残った地域であるから古い路地を散策するとよい、というアドバイスをくれた。

 ブティックの女主人が言ったとおり、弁財天の祠はとても小さかった。その前に、ひざまずく。

 ねえ弁財天様、昔ここは海だったんですね。太平洋の、一部だったんですね。2018年11月、ここまで私を導いてくれた福田毅と、ここで私を待っていてくれたあなたに感謝します。そう祈って、私は福田からの手土産……本作の最後の「マテリアル」である地図を祠に置いて捧げた。誰かが、この地図を見つけてくれたらよい。そう願って、託した。

 帰りは東京メトロ日比谷線を使うことにした。『ラジオ太平洋』は、都電荒川線が貫く新宿区、豊島区、北区、荒川区の4つの区をまたがって行われたが、地下鉄の三ノ輪駅は荒川区を越えた台東区にあって、そうか、これで私は今日、5つの区をまたいで旅をしたんだな、と思いながら、自宅まで帰った。

 

 

落 雅季子

 
1983年東京生まれ。批評・創作メディアLittleSophy主宰。演劇人によるメールマガジン「ガーデン・パーティ」編集長、「CoRich舞台芸術まつり!」2014、2016審査員などを務める。2018年にはシビウ国際演劇祭に批評家として招聘される。




まちなかパフォーマンスシリーズ『ラジオ太平洋』

作・出演・出演 福田 毅
日程 10/27(Sat)-10/28(Sun), 11/10(Sat)-11/11(Sun)
会場 東京さくらトラム(都電荒川線)車内
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