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2018/09/14

F/T18ディレクター対談 長島確×河合千佳

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(構成・文:河野桃子 撮影:鈴木 渉)

今年で10年目を迎える「フェスティバル/トーキョー」は、初めて2人のディレクターを迎え新しい体制となった。

今年で10年目を迎える「フェスティバル/トーキョー」(以下F/T)は、初めて2人のディレクターを迎え新しい体制となった。これまで相馬千秋、市村作知雄とワントップで運営されてきたF/Tにとって初めての試みだ。  ディレクターの長島確はドラマトゥルクの草分けとして数々の海外戯曲の翻訳から新作の上演まで深く現場に関わってきた。一方、共同ディレクターの河合千佳は、長年F/Tの制作として、またここ数年は副ディレクターとして歴代ディレクターを支えてきた。  いったいどのような運営になるのか。2020年を目前にして東京ひいては日本やアジアの舞台芸術のあり方が問われるいま、今年のフェスティバル/トーキョー18の展望を聞いた。



2人だからこそ可能性が広がる 


ー 二人体制になったことで、どのような運営をしていくのでしょう?

長島 まずさかのぼると、僕はドラマトゥルクという仕事をしてきました。ドラマトゥルクのポイントは《共同》作業で、ずっとプロセスに併走していろんなアーティストのいろんな作り方に関わります。日本では2000年代後半から少しずつ増えてきましたが、それが広まってきたということは、複数人が共同でものをつくることの面白さが再認識されてきたとも言えます。僕は共同作業の中で、一人では絶対にできないものができる可能性を実感してきました。F/Tも同じで、僕と河合という専門が違う人間が共同ディレクターになることによってポテンシャルが上がると思っています。これが同じ専門だと、喧嘩になるんですけどね(笑)。

河合 気にするポイントが全然違いますよね。長島はドラマトゥルクで、私は初代の相馬千秋プログラム・ディレクターの頃からF/Tで制作をしてきました。演劇やダンスの制作のほか、フェスティバルとパートナーになる組織や行政の方との間に入って繋ぐお仕事も担当していました。長島の仕事はプロジェクトベースで狭く深くあることに対して、私は複数団体が集まるフェスティバル全体のもう少し広く浅い仕事です。この二人が合わされば両方のことができるかなと思いました。なにより長島とは10年前に知り合って以降、お互いの仕事ぶりを知っているから心強い。長島となら一緒にできるなと信頼感があります。

長島 誰でもいいわけじゃないですよね。ワントップではないので、ちゃんと議論をして納得して何か決めるというプロセスが大切。自分の直感をどこまで信用していいのか、自分の趣味に偏っていないか、本当に今やる意味があるのか……そういうことを一緒に検討できるパートナーがいるというのは、実はものすごく大事なこと。

河合 むしろ一人だと、自分一人で背負わないといけないから大変(笑)歴代ディレクターの傍で働いている時に、正直、「私だったら一人でこれをやるのは無理だ」と思っていました。かかるプレッシャーがすごい……。




長島 一人でできる人もいるし、好きな人もいるけどね。でも僕たちはそうではないし、今はトップダウンの時代ではない。違うタイプの二人のディレクターがいることには大きな可能性を感じています。そもそもディレクターの仕事は、自己表現ではない。人数は問題ではなく、フェスティバルとしてどんなアーティスト達とどんな事をするのかが重要ですね。

F/Tはゆっくりと変わっていく

ー F/T18はどのようなフェスティバルになりますか?

長島 ディレクターは変わりますが、これまでの特色を急に塗り替えることはありません。何事も、急にガラッと変わるのは信用できないんですよ。花火みたいに打ち上がって一瞬で消えるより、何年かかけて必要な変化を積み上げていきたい。フェスティバルとアーティストの関係もそうですし、お客さんとアーティストの関係もそう。大事なことはゆっくり変わっていくし、それが良い気がするんです。だから昨年に引き続き、オープニングはピチェ・クランチェンですし、マレビトの会『福島を上演する』があったりと、演目も継続しています。それでも毎年同じことをやっているわけではないので、「去年これができたから今度はもっとこうしよう」という欲を出していくプログラムもありますし、一方で新しい出会いやチャレンジも考えています。



河合 フェスティバルテーマのキーワードも継続して『新しい人』。これまでもテーマは3年ごとに変えていますから、2016〜18年は『新しい人』とした中で少しずつステップアップしていきます。新しいとは若さのことだけでなく、キャリアのある方の新たなチャレンジなど、広い意味でとらえています。私達の体制でいえばディレクターの世代交代もありますし、若い20〜30代前半のアーティストとどうやってフェスティバルが作品を生み出していくのか、観客と出会っていくのかを常に問いかけていくつもりです。新しい出会いの場として、近年はジャンルを越えて一緒に作品をつくることもしています。演劇、音楽、美術などそれぞれの分野でご活躍されている方と共同で創作できる場を用意したり、現代美術と舞台芸術の2つのフィールドなど、横断的な活躍をされている方の意識的にご一緒できたらと考えています。

アジアにおけるトーキョー

ー 今回から「アジアシリーズ」では一カ国に限定しないことが発表されましたね。



河合 過去にはそれぞれ韓国・ミャンマー・マレーシア・中国を取り上げて企画してきたのですが、今年はあえて広く『アジア』という文化圏で捉えて紹介していきます。というのも、シリーズ立ち上げの時から感じてはいたのですが、たとえば国籍は韓国で拠点はヨーロッパというように、国にとらわれないアーティストが増えてきています。日本でも日本以外にルーツを持つ人の割合が増えていますし、国で区切るのは時代に合わない。日本は島国なので想像しにくですが、そうでない国では友人の舞台を観るために週末に隣国へ行くことが当たり前のようにあるんですよ。ただ、芸術だけでなく、各国の歴史や社会情勢も紹介していくつもりです。ある国の軍事政権下では集会ができないので「劇場」が根づいていないという環境もあるし、先住民が暮らしている国もあれば、大学の芸術教育に力を入れている国もある。しかもそういった作品を取り巻く環境や歴史、舞台芸術以外のアートを紹介するトークを開催すると、演劇をふだん観られない方も足を運んでくださるんです。去年の中国のトークイベントでは、初めてF/Tを知ったという中国語を流暢に話される方がたくさんいらしてくださいました。まったく違う客層の方と舞台芸術を繋げる試みにもなるので、今年もやりたいですね。

ー 時代が変化していく中、近年のF/Tはどういうことを意識しているのでしょう?



長島 F/Tの前身である東京国際芸術祭(TIF)、さらにその前身の時代から数えると足かけ30年、東京で「大きな国際舞台芸術祭を根づかせる」というミッションを大事にしてきました。それはすでに果たせたと思います。その後、国内・国際含めて『芸術祭』と呼ばれるものが乱立してきました。それも2年くらい前をピークに、芸術祭バブルは弾けたと思っています。だからこそ、今、芸術祭をやる意味を考え直すいい時期だと思うんですよ。意味があるなら意味を理解して継承するのがいいし、形骸化してしまっているなら組み立て直すなど対策が必要です。この数年で世の中の価値観はずいぶん変わっているので、改めて何が必要なのかを問い直すチャンスだと思っています。F/Tとしては、我を忘れて楽しむ作品だけでなく、社会やわが身を振り返る作品に焦点をあててきました。今後もそういう作品に力を入れる演劇祭でありたいですね。



河合 ピチェ・クランチェンさんなどはF/Tらしいですよね。観ている間は夢中になって楽しいんですけど、背後に流れているものは社会的だったり、家に帰った後に考えてしまったりする。



ー F/Tは「東京芸術祭」という大きなフェスティバルのプランニングチームでもあります。それによりどんな影響がありますか?



河合 2016年に、秋から冬にかけて池袋を中心に行われる舞台芸術イベントをひとつにまとめ「東京芸術祭」にしたことで、規模や範囲が広がりました。これまでF/Tに期待されていたけれど手が回っていなかったことも実現できるでしょう。今年は全日程を合わせるとほぼ100日間あるみたい。もはや祭を超えていますよね(笑)。またプランニングチームの8人の専門がバラバラなのがいいんですよ。しかも皆さん遠慮なく発言する。



長島 専門が違う立場の人達が上下関係なくフラットに話せるのは大事なこと。F/Tの共同ディレクター制と同じですよね。今は世の中がとても複雑になってきているので、複合的なチームが必要な気がする。

芸術は、政治とは異なるもう一つの可能性

ー F/Tの意義について伺いたいのですが、よく《ドア》の話が挙げられますね。

長島 TIFの頃から市村がくりかえし言っていた理念なんです。「芸術は、政治とは別のドアを開けておかねばならない」。たとえ外交的に緊張関係にあっても、アートはそれと別のドアを開けておくことができる。9・11によって中東系の印象が非常に悪くなってしまった時に、中東系のアーティストの作品を紹介するシリーズを組みました。政治側のドアが閉まっていた時に、芸術が別のドアを開けて、中東と繋がる通路を作ったのです。しかしその後、アメリカがイラク戦争を始め、今度はアメリカのアーティストの肩身が狭くなってしまった。じゃあ今度はそちらの声も聞こうと、アメリカ現代戯曲のリーディングをやりました。僕はあの体験で、関係をつくるドアや通路はいくつも存在していることが大事だと学びました。



河合 あの時期にTIFの近くにいた人は皆、市村のそのメッセージを受けとりましたよね。インターンだった私も受けとりましたし、今もずっと大事にしています。



長島 これは《ドア》だけでなく、《線》でも考えることができます。フランスの哲学者ジャック・ランシエールが「政治とは、線を引いて分割・分配をすることだ」と言っています。我々が五感で捉えられる世界に線を引き「ここからは入ってはいけません」「こういう人だけが入っていいですよ」と境界を作っている。ランシエールに言わせると、実はアートも同じことをしているんです。感覚でとらえられる世界に独特な線を引いて分割したり、逆に繋げたりすることで、突然見えなかったものが見えるようになる。これは、芸術が政治とは別のドアを開けておくことにも通じます。政治的な外交関係上はこの国とこの国は繋がらないけれど、アートなら違う繋がりが持てる。



ー 「芸術は、政治とは別の線を引け」、とも言えるわけですね



長島 はい。ただし、もうひとつ重要なのは、フィクションです。フィクションだからこそ扱える線がある。現実にはありえない線を一時的に引いたり消したりすることができる。現実の政治で行えば戦争・政治闘争になることも、フィクションとしてなら実践できる。とくに演劇はそうです。しかも演劇は、生身の体でその場にいる人達と一緒に作る。大勢が一か所に集まって何かに取り組むのはとても非効率的だけど、やっぱり顔を合わせることで繋がれたり、理解できたりする。そうすると、一人では行けないところまで行ける。



河合 手はかかるけど、一人じゃない。共同ディレクター制もそう。



長島 もちろん手間はかかりますけどね(笑)。打ち合わせひとつにしてもすぐできないし。でも、ディレクター二人だけでなく、F/Tの運営スタッフ、技術スタッフ、アーティスト、サポーター、観客まで含めいろんな人たちと関係をつくっていくことで、効率化とは違う何かが生まれるはず。今一度その方法を見直して、具体的には2021年以降をどうするかと考えています。オリンピック・パラリンピックイヤーで威勢のいい花火を打ち上げて、後に廃墟しか残らないということにならないように、その先へ積み上げていければいい。



ー 未来に、何を積み上げていくのでしょう。



長島 若い世代も含め多くの人達がもっといろんなことができるようになっていくことをイメージしています。経験を積んだり、習得したりして、技術や知識を個人の中に蓄積していくこと。我々はネットで素早く検索できるけど、そのやり方では情報は自分の身にならない。われわれは交換可能な「検索する指」にすぎないわけで、これでは人材として使い捨てされてしまう。でも実は演劇って、すでにその蓄積をやってるんですよね。たとえば役者はセリフや動きを繰り返し体になじませ、覚えていく。さらに演劇は、集団創作であり、コミュニケーションもあり、様々な専門技術もあり、経験を積んで上達していく。積み重ねた稽古の結実が、作品になる。フェスティバルだってそうです。舞台芸術は、理想としては、複数の人間が自治を通して何かを生み出していく場です。アーティストから観客まで、参加の度合いはいろいろだけど、この場に立ち会う経験を通して、関わった人達がいろんなことを身につけていくことが、未来に向かう上でとても大事。そう思いながら、今フェスティバルの準備を進めています。



(構成・文:河野桃子 撮影:鈴木 渉)



長島 確(ながしま かく)

1969年東京生まれ。立教大学文学部フランス文学科卒。大学院在学中、ベケットの後期散文作品を研究・翻訳するかたわら、字幕オペレーター、上演台本の翻訳者として演劇に関わるようになる。その後、日本におけるドラマトゥルクの草分けとして、さまざまな演出家や振付家の作品に参加。近年は演劇の発想やノウハウを劇場外に持ち出すことに興味をもち、アートプロジェクトにも積極的に関わる。参加した主な劇場作品に『アトミック・サバイバー』(阿部初美演出、TIF2007)、『4.48 サイコシス』(飴屋法水演出、F/T09秋)、『フィガロの結婚』(菅尾友演出、日生オペラ2012)、『効率学のススメ』(新国立劇場、ジョン・マグラー演出)、『DOUBLE TOMORROW』(ファビアン・プリオヴィル演出、演劇集団円)ほか。主な劇場外での作品・プロジェクトに「アトレウス家」シリーズ、『長島確のつくりかた研究所』(ともに東京アートポイント計画)、「ザ・ワールド」(大橋可也&ダンサーズ)、『←(やじるし)』(さいたまトリエンナーレ2016)、『半七半八(はんしちきどり)』(中野成樹+フランケンズ、F/T17)など。
東京芸術祭2018より「プランニングチーム」メンバー、東京藝術大学音楽環境創造科特別招聘教授。

河合 千佳(かわい ちか)

武蔵野美術大学卒。劇団制作として、新作公演、国内ツアー、海外共同製作を担当。企画製作会社勤務、フリーランスを経て、2007年にNPO法人アートネットワーク・ジャパン(ANJ)入社、川崎市アートセンター準備室に配属。「芸術を創造し、発信する劇場」のコンセプトのもと、新作クリエーション、海外招聘、若手アーティスト支援プログラムの設計を担当。また同時に、開館から5年にわたり、劇場の制度設計や管理運営業務にも携わる。12年、フェスティバル/トーキョー実行委員会事務局に配属。日本を含むアジアの若手アーティストを対象とした公募プログラムや、海外共同製作作品を担当。また公演制作に加え、事務局運営担当として、行政および協力企業とのパートナーシップ構築、ファンドレイズ業務にも従事。15年より副ディレクター。17年度より日本大学芸術学部演劇学科非常勤講師。18年度より、F/T共同ディレクター。

国際舞台芸術祭フェスティバル/トーキョー18

名称 フェスティバル/トーキョー18 Festival/Tokyo 2018
会期 平成30年(2018年)10月13日(土)~11月18日(日)37日間(予定)
会場 東京芸術劇場、あうるすぽっと、南池袋公園ほか

概要

フェスティバル/トーキョー(以下F/T)は、同時代の舞台作品の魅力を多角的に紹介し、舞台芸術の新たな可能性を追求する国際舞台芸術祭です。10周年、11回目の開催となるF/T18は、2018年10月13日(土)~11月18日(日)(予定)まで、国内外のアーティストが結集。

F/Tでしか出会えない国際共同製作プログラムをはじめ、野外で舞台芸術を鑑賞できる作品、若手アーティストと協働する事業、市民参加型イベントなど、多彩なプロジェクトを展開していきます。

タイの伝統芸能と現代性が共存した強靭な身体で、舞台芸術の枠組みを革新し続けるタイ人振付家ピチェ・クランチェンは、昨年の『Toky Toki Saru(トキトキサル)』に引き続き、フェスティバル/トーキョー18オープニングで新作の野外公演を手掛けます。

共催 国際交流基金アジアセンター
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