ディレクターズ・メッセージ

「脱ぎすて跨ぎ越せ、新しい人へ」

フェスティバル/トーキョー18 エグゼクティブ・ディレクター
市村 作知雄  


  このところずっと私は、今の20代から30代の人々が、社会の中枢を占めるようになる20から30年先の社会を描く望みに取り憑かれている。そして彼らはどのようなアートを創り出すのだろうか。フェスティバル/トーキョーは、私がディレクターになってから少しでもそのようなアートを先取りして提示したいと企画してきた。今どの辺りにいるのかというと、その「新しい人」の実像を少しだけ提示できるというところへと来ているような気がする。もちろん、F/Tのプログラムは、このような意図に沿ったものだけで組まれているわけではない。アートは、そのあたりは大変に良くできていて、意図と離れていても、感動を呼び、ブラボーと叫びたくなる作品も多数あることが救いとはなっている。私としては、これでF/Tのプログラムの作成に関わるのは最後なので、次のディレクターが創り出すプログラムの道標が、どのようなものになるのか、ほんとうに楽しみにしている。

 私がディレクターになってから二パターン、五種のテーマを作って来た。「境界線上で遊ぶ」「融解する境界」「境界を越えて、新しい人へ」「新しい人 広い場所」それと今回の「脱ぎすてまたぎ越せ、新しい人へ」である。プログムラムに関しては、二つのシリーズを作った。一つが「アジアシリーズ」でもう一つが「まちなかパフォーマンス・シリーズ」である。しかもF/T17からはアジアのものがメインプログラムとなった。ある意味それはヨーロッパの舞台シーンの停滞を連想させるのかもしれない。「まちなかパフォーマンス・シリーズ」は、劇場を街頭に作り出すことではない。劇場には収まらない作品の創作を前提にしている。言い換えれば、「言語」を基礎に創られた作品であっても、演劇にカテゴライズする必要のないものが多く生まれている、と言うような意味である。ただ、これらの二つのシリーズもやっていくうちにすでに限界もはっきりと見えて来ていて、恐らく次のディレクターがそれを乗り越える考え方を提示してくれるだろう。
 どのあたりが限界なのかという詳細は、F/T18で開催される多くのシンポジウムやトークセッションの中でできうる限りを話したいと思っている。それは、このF/Tという形式をいかに越えていくかという問題でもあるだろう。

 さて、今回の「脱ぎすてまたぎ越せ、新しい人へ」の核となっているのは、「またぎ越せ」で、それは踏みつけたりしないで、あっさりと飛び越えてしまえばいいのだ、ということだ。それが「新しい人」に特有な新しい時代の創り方で、また新しいアートの創り方だとは思っているが、多分その時にはそれが、アートであるか、ないかなどさしたる問題ではなくなっているように思う。

 「新しい人」は、世界中に発生している。例えば、ヨーロッパでは、ベルリンの壁が崩壊した後に生まれるたか、まだ幼児期だった人々に典型を見るに違いない。アジアでは、例えばベトナム戦争を知らない人々、社会主義圏にも文化大革命にも触れていない、そのような「共通の非体験」があって、同時にネットは生まれた時から存在していたような人々で、私は、彼らが最高の「遊牧民」になると思っている。ネットの世界は、場所やそれに依拠したコミュニティという概念を根底からくつがえしてしまうだろう。言い換えれば、リアリティのあり方が変わってしまう、さらに言い換えれば、戦争でもなく、平和でもないこの世界での生き方である。そのときに生まれるアートとはどんなものなのか、それらについてもトークセッションなどで話していければいいと思っている。

 最後に一つだけ警告を鳴らしたいと思う。それはアートの制作現場で人がほとんど育っていないことだ。具体的な現場での制作ばかりでなく、ドラマトゥルクもディレクターも同じである。大きな原因は教育にあるのだけれど、さしあたっては有期雇用と即戦力だけを欲しがる中途採用をここ10年以上アート界、特に公共機関がやり続けた結果、有能な人材はすっかり育たなくなってしまった。3年から5年しか保証されていない有期雇用の人材がその組織の行き末を真剣に考えるのだろうか。優秀な新卒者もちろん既卒者もだが、きちんと採用して育てる手間を惜しまないことがもっとも重要である。期待されることが人を育てるので、使い捨てがもっともいけない。いまさらこんなことを言う必要はないのだろうが、今回交代したディレクターたちも、恐らく6、7年程後にまた次にバトンタッチをすることになるが、このような状況が続いたならば、バトンタッチする人材はもう見つからないだろう。

 ぜひともF/Tのプログラムに関心を持っていただくとともに、F/Tが展開していく姿を継続的に見届けていただくことを心よりお願い申し上げます。


2018.6.5