観客による、私的な『完全避難マニュアル 東京版』レポート

今日のF/Tブログはなんと、『完全避難マニュアル 東京版』の体験レポートです。
このウェブから始まる演劇作品で、いったい、何が起きているのでしょうか...
「避難民」の声をお届けします!

"奇跡"を体験したいなら。一観客による、私的な「完全避難マニュアル 東京版」レポート

......ハローハロー。僕は今、代々木の"避難所"にいます。......夜の9時30分です。駅から真っ暗な道をたどってたどって、不安な気持ちで扉を開けたこの避難所は、明るくてあたたかい、気持ちのいい場所でした。......そちらは朝ですか? それとも夜ですか? 明るい場所ですか? それとも暗い場所ですか? ......僕はここで、コーヒーを飲みながら、とても不思議な話を聞いています。宇宙と地球、そして人間の未来について、の話です。部屋の中にはなぜかSMAPが流れています。もう同じ曲が3回も流れています。彼らの歌は、人間の"こころの本質"を表現しているのだそうです。そんなこと、考えたこともありませんでした。......

1.jpg

「完全避難マニュアル 東京版」は、新しい世界への"扉"です。公式ウェブサイトでいくつかの質問に答えると、あなたの"避難所"となる駅が表示されます。プリントアウトした地図を頼りに避難所に向かえば、そこに「なにか」が待っています。そのうちのいくつかは、あなたが決して知ることのなかった新しい世界への、あるいは、まったく異なる価値観への"扉"となることでしょう。僕は代々木で、自分とまったく異なる方法で世界を認識している人を訪ねました。僕は原宿で、都市の日常と地続きに繋がりながらも、違う速度で流れる時間を持った"村"を訪ねました。僕は日暮里で、自分を開き、他者を受け入れながら集まって暮らす、新しい住まいを訪ねました。


2.jpg

さて、あなたは、まだパソコンの前に座り続けますか? 街に出て、この"扉"を、開けてみたいとは思いませんか?

......ハローハロー。僕は今、大塚の避難所にいます。......今は......夕方7時頃でしょうか。何種類ものスパイスと、肉(たぶん羊の肉でしょう)が混じり合った、いい匂いがしてきました。......あなたは今、どこにいますか? 東京ですか? 大阪ですか? それとも、日本ではない場所ですか? ......「食事の支度ができたから食べていけ」と、満面の笑顔で話しかける男性は、ここの代表。もう何年も日本で暮らしているそうです。......30分位で失礼するつもりだったのに、ゆうに1時間は過ぎています。......たぶんこれから僕は、20人ほどもいる、様々な国からやってきた様々な言葉を話す人たちと食事を共にし、その後シャワールームで身を清め、見よう見まねで、したことのないお祈りをすることになるのでしょう。......

「完全避難マニュアル 東京版」は、自分を映す"鏡"です。扉を開けて入った異世界で、僕はもう一度自分と出会います。異なる世界、異なる価値観の中で、自分はどうふるまうのか。同調するのか? やんわり反発するのか? スルーするのか? 思いもかけない自分の心の動きにびっくりしたり、アウェーでしっかり関係性を作れている自分を、頼もしく思ったり。僕は大塚で、「笑顔と握手」で異文化の人たちと仲良くなれる自分と出会いました。僕は目白で、自分が見たくだらない夢の中にいた、今まで知らなかった自分と出会いました。僕は新宿で、「勝ち組/負け組」の間を、あるいは「歩き続けること/立ち止まること」の間を行ったり来たりする自分と出会いました。

それでもまだ、あなたはパソコンの前に座り続けますか? 街に出て、いろんな自分と出会いたいとは思いませんか?

......ハローハロー。僕は今、秋葉原の避難所にいます。......今は、午後5時です。パステルカラーの丸文字、目の大きな女の子のイラストや、街角に立つかわいらしいメイドたちの横を通り過ぎ入った「昭和の電気街」の匂いが色濃く残る雑居ビル。電子部品が山のように積み上げられた売り場を抜け、階段を上がっていった一隅に、避難所はありました。......あなたは男性ですか? 女性ですか? 何歳ですか? 趣味はなんですか? 好きなアイドルはいますか? ......そこで待っていたのは、性別も年齢も、趣味も嗜好も、なにひとつ共通点のなさそうな人との出会いでした。お互いにとっての「罰ゲーム」にもなりかねない会話を救ったのは、ささいなきっかけで話題にのぼった「モンスターハンター」(ゲームです)。その場は小さな「ゲームカフェ」となり、なった瞬間、僕の中にあった壁が崩れました。......たぶんそれは偶然なのでしょう。誰の身にも起こることではないでしょう。でも「似たようなこと」なら、きっと今この瞬間にも、どこかの避難所で起こっているはずです。......

「完全避難マニュアル 東京版」は、"奇跡"を起こす装置です。"奇跡"は必ず起こります。小さなものでもよければ、ですが。ウェブをくぐり抜けて街に出る。地図を片手に街を歩く。その時、あなたの目には、いつもと違う風景が映ることでしょう。異なる目で見た、異なる意識で感じた、異なる風景の中で起こる出会いや変化は、すべて"奇跡"のタネになります。僕は思います。きっとたぶん、その"奇跡"をこそ「演劇」と呼ぶのだと。僕は秋葉原で、これまですれ違っていた、そしてこれからも出会うことはなかっただろう人たちとの接点が生まれる瞬間に立ち会いました。僕は巣鴨で、世間話の中から、世代を超えた共通の価値観が見つかる瞬間に立ち会いました。僕は五反田で、駅の外れ、街の片隅にある地味な建物が、宇宙へと繋がる瞬間に立ち会いました。

"奇跡"を体験したいなら。もう、パソコンの前に座り続ける理由はありません。どこでもいい。いますぐ街へ出て、避難を開始してください。僕もこれから、また別の避難所へ向かうことにします。今度は、どこかの避難所でお会いしましょう。それでは、また。

3.jpg

(田中勉/Twitter ID:@lander1999)

photos: Masahiro Hasunuma