演出ノート

『個室都市 東京』ノート

Port Bではここ数年、都市をインスタレーション化する観客参加型演劇を「ツアー・パフォーマンス」と呼んで発展させてきた。『個室都市 東京』はその延長線上にあるプロジェクトである。ただし今回は池袋西口公園という広場にこだわり、すでに存在するコミュニティ群と僕らが仮設するコミュニティがどのように干渉しあい、そこにどのような“場”が作られるのかを探ってみたい。
具体的には、池袋西口公園に「個室ビデオ店」を仮設する。ベンチや木の周りにたむろする人、宴会を楽しむ人、ナンパする人にされる人、ダンスの練習をする人、タバコを吸う人、寝泊まりする人、劇場に芝居を見に来る人、通勤や通学の路として使う人、たまたま通りがかった人など、この公園は朝から深夜まで24時間人の流れが絶えないのだが、老若男女、国籍も様々なそれらの人達に何十もの同じ質問をぶつけてみる。「東京は住みやすいですか ・・ 誰かに愛されていると思いますか ・・ あなたの夢はなんですか ・・ この公園は好きですか ・・ お友達の名前を教えてください ・・ あなたは誰ですか ・・ 等々」。それらの質問に答える人を映した何百本というビデオが、一人につき一本という形で受付に陳列されており、来場者はそこから選んだビデオを個室で見ることになる。モニターに映っている人達は個室の薄壁一枚隔てた向こう側、つまり池袋西口公園にいた人達であり、その大半は今もそこにいるはずの人達である。そしてまたそれを見ている自分も同じ公園にいる。そんな風に、この「ビデオ・インスタレーション」は内側が外側になり外側が内側になるような反転構造を持っており、来場者には単なるビデオ鑑賞にとどまらない経験をしてもらえるのではないかと考えている。
また現実の個室ビデオ店と同じく、ここはビデオを見るためだけでなく、簡単な食事をしたり、暇を潰したり、寒さをしのいだり、お喋りをしたり、眠ったりといった「生活空間」にもなればと考えている。それは「ビデオ・インスタレーション」への来場者だけでなく、日頃から公園に集まっている人達はもちろんのこと、来たいと思った人すべてに開かれている。しかし池袋西口公園という場それ自体がすでに持っている「地勢図」のようなものがあり、そこに建物を建てるということは、ゆるやかではあっても確かに存在するコミュニティ群のなかに、異物を挿入することを意味する。従って、時間帯や曜日によって変わる「地勢図」を把握しなければならないし、どこまでの「介入」が許され、そこに境界線を設定するとしたらどのようなものかといった事柄もリサーチしなければならないだろう。建物を環境から無害に切り離してしまうのでなく、かといって自然に出来た共生バランスを不用意に崩してしまうのでもなく、雑多な人々が共存する池袋西口公園の特徴を最大限に活かしつつ、「個室ビデオ店」をインストールすることで普段なら実現しないような出会いが生まれたり、既存の「地勢図」をいい意味で掻き回したりするような配置の仕方を探りたい。それは“今、ここ”に“人が集う”という演劇的可能性を、空間の構成という側面から探求する作業だと言える。またその動きを活性化するために、敢えて境界線を揺さぶるようなトークやイヴェントを企画する予定である。
それから「個室ビデオ店」にはそこを出発地点とした幾つかのツアーが用意されており、来場者はそれらに参加することができる。ツアーは朝、昼、晩といった時間帯によって、また訪問する先々の性格によって分けられるが、どのツアーも日常生活を「微分」するような機能を持っている。参加者はナビゲーションに従うかたちで実際の町を訪ね歩き、時空間をレンタルする、人と話す、トイレに行く、ビデオを見る、食事をする、寝る・・といった“日常生活の身振り”を「それ専用の舞台」で“パフォーム”することで、「個室ビデオ店」を自分の日常生活と比較したり、あるいは逆に、「個室ビデオ店」が自分の生活や都市全体にも侵入・浸食していることを感知したりする機会を持つことになる。一人一人のビデオ映像と「個室ビデオ店」という場は、参加者のツアー体験のなかでいろいろに反芻され、それぞれを映しあい、参加者が見る様々な場所のイメージと重なり合いながら、“個室都市 東京”をモザイク絵のように浮かびあがらせることだろう。