F/Tコンセプト

リアルは進化する

「あたらしいリアルへ」というテーマのもとに開催された第一回フェスティバル/トーキョー09春。1ヶ月の会期中、19演目、128ステージに、6万人を超える観客、500名を超える出演者やスタッフが集った。その場を共有したアーティストと私たちが確かに感じた「いま、ここ」のリアルは、いよいよ続く第二回フェスティバル/トーキョー09秋において、いかに引き継がれていくのだろうか?

今回の第二回目より、開催時期が春(2月-3月)から秋(10月-12月)に移行される。この変更によって、中長期的な展望のもと主催団体や助成機関とのパートナーシップをさらに強化し、より安定的なフェスティバル運営を目指す。また、10月初旬のソウル、10月中旬の上海などに連動する形で、秋をアジアのフェスティバル・シーズンと位置づけ、今後アジアから生まれる作品の創造と普及にも腰をすえて取り組んでいきたい考えだ。

開催時期の変更に伴い、2009年は例外的に春と秋の2回にわたり連続開催することとなった。準備期間が極端に短いことを逆手にとって、春と秋を対となるプログラムと位置づけ、複数のアーティストに春から秋へ連続して参加を依頼し、F/Tが目指すべき方向性をより鮮明に打ち出すことにした。「いま、ここ」の芸術である演劇というメディアの可能性を問う、という基本姿勢に変わりはない。これだけメディアが多様化し、情報伝達が単純化・高速化する今日、「その場、その時間」を共有することでしか成立しない舞台芸術が伝えうるものは何か? その力とはどういうものか? それは経済危機の脅威にさらされた私たちの日常やコミュニティにとって、いかなる役割を担いうるのだろうか? そして、東京という都市が映し出す無数のリアルを前に、私たちは演劇というメディアを通じていかに応答することができるのだろうか? これらの問いと向き合う姿勢として「あたらしいリアル」への探求を継承しつつも、それをさらに進化させる挑戦が続く。

この基本コンセプトに呼応する提案として、今回は20もの演目を紹介することになった。F/Tが主催するものが16演目、F/Tと同時期に東京芸術劇場で上演される参加作品が4演目。F/T主催演目のうち、新作・世界初演が5作品、F/Tが国内外の劇団や劇場、フェスティバルとの共同製作に参加しているものが7作品。既存の作品のリクリエーションあるいは日本バージョン制作が3作品となっており、作品を創造するフェスティバルとしての機能を強く打ち出している。

春で提示された「あたらしいリアル」のさらなる進化形として、超越的なイメージの力によって、まだ見ぬリアルを探求する作品を集中的に制作・上演する。春には初の東京公演でセンセーションを巻き起こしたロメオ・カステルッチは今回、ダンテの神曲を現代の形而上学として再解釈し、私たちの前にまだ見ぬ「地獄」「煉獄」「天国」を提示することになるだろう。松本雄吉率いる維新派は、野外も使った大胆な空間演出と想像力で「路地」の原風景へと私たちを連れ去る。春の『転校生』で衝撃を残した飴屋法水は今回サラ・ケインの伝説的戯曲に対峙し、言葉、身体、音の拮抗の中に演劇の彼岸を見せてくれるだろう。またタニノクロウ率いる庭劇団ペニノは、シュールで過剰なイメージによって人間心理の裏側を独自の感性で描き出す。こうしたアーティストが、人間や動物の生身の身体存在によって、また、五感を狂わせるほどの強烈な映像・音響によって出現させる世界は、いかに日常の現実を超えて、「まだ見ぬリアル」の彼方へと私たちを導いてくれるのだろうか。上記いずれの作品も、フェスティバルが製作あるいは共同製作に参加する形で深くコミットした新作である。

春から続くもうひとつの流れに、現実のドキュメンタリー性を利用した一連の作品群がある。春では、プロの俳優ではない人々が舞台に上がる作品にフォーカスし大きな反響を呼んだが、秋では、劇場の外にある社会の現実そのものを大胆に活用・引用するドキュメンタリー演劇を特集する。3回連続で紹介するリミニ・プロトコルは今回いよいよ劇場を飛び出し、トラックを改造した移動型劇場で、私たちに港湾都市の物流と労働の現実を見せてくれるだろう。アメリカ人アーティスト、クリス・コンデックは、劇場と株式市場をリアルタイムに接続することで、観客を世界経済のリアルの中に投げ入れる。高山明率いるPortBは、劇場前に仮設の「個室ビデオ店」を出現させ、そこで日々繰り広げられる個と集団の体験そのものを演劇作品/ビデオインスタレーションとして発表する。一方、レバノンのラビア・ムルエとリナ・サーネーは、名作映画の物語構造を借用し現実と虚構の境界線を伸縮させることで、再びレバノンの現実を批判的にあぶり出すだろう。こうした一連の試みは、劇場の中で虚構を表象する行為としての演劇という枠組から確信犯的に逸脱することで、逆説的に演劇のもつ社会的可能性を観客とともに模索する試みとなるだろう。一方、松井周率いるサンプルは、その劇団名が示唆するように同時代の現実からサンプリングしながらも、それらを敢えて「物語」へと昇華させる。物語とドキュメンタリー、それぞれの対比から、「そこにあるリアル」のさらなる進化形を読み解いてほしい。

ダンスでは、ブラジルのストリートが生んだ才能、ブルーノ・ベルトラオを紹介する。HIP HOPの解体と再構築が生み出した未曾有の振付は、来るべきダンスの新境地を切り拓くものとして期待が高まる。また日本からは、切実な身体の極限に挑み続ける黒田育世の出世作にして代表作を、大胆にリクリエーションして上演。さらに春に引き続き天児牛大率いる山海塾の傑作レパートリーを上演し、舞踏のDNAを後世に受け継いでいく。ともすると自己言及のあまり内向化する今日のダンス状況に対し、ダンスという身体表現の本来的な衝動と可能性に真っ向から挑戦する作品群で、来るべきダンスの新展望を引き続き模索していきたい。

一方、フェスティバルという非日常をあらゆる参加者とゆるやかに共有する場として、F/Tステーションの機能とプログラムを拡充する。春に続き伊藤キムプロデュース「おやじカフェ」が開店し、新たなメンバーとレパートリーでお客様をもてなす他、快快(ファイファイ)による「池袋を明るくする」イヴェントが毎週末に開催されるなど、多彩な参加型プログラムがフェスティバルの2ヶ月間を盛り上げてくれるだろう。また春に引き続き演劇/大学09秋を開催、演劇教育の現場から生まれる作品と人材がぶつかり合い、演劇の未来を巡る対話の回路が開かれていくことを期待している。

私たちが生きる現実への応答として、私たちの同時代の真にリアルなもの、真に切実なものを巡る表現と共有の場としてのフェスティバル。その場はすべての人に開かれている。2010年以降は、毎年一回のペースで秋シーズンに開催される予定である。演劇と社会、表現と同時代を巡る問いかけは続く。

相馬千秋

1975年生まれ。1998年早稲田大学第一文学部卒業後、フランスのリヨン第二大学院にてアートマネジメントおよび文化政策を専攻。現地のアートセンター等で経験を積んだ後、2002年よりアートネットワーク・ジャパン勤務。東京国際芸術祭「中東シリーズ04-07」をはじめ、国際共同製作による舞台作品や関連プロジェクトを多数企画・制作。06年には横浜市との協働のもと新しい舞台芸術創造拠点「急な坂スタジオ」を設立、現在までディレクターを務める。07年より早稲田大学演劇博物館グローバルCOE客員講師。東京国際芸術祭2008プログラム・ディレクターを経て、フェスティバル/トーキョーのプログラム・ディレクターに就任。