花は流れて時は固まるアーカイブ

 ばっか、みたいに寒い日だった。ひょっとすると、その日が冬の始まりってやつだった
のかもしれない。暦では確か立冬とかいうやつ。小学校のときに習ったことだけれど、か
ろうじて覚えている。

 冬の気立ち始めて、いよいよ冷ゆれば也。

 言葉を憎むこと、「からだ」と言うあきれるほど自明な枠組みを拒否すること。黒田育世が自身/〈BATIK〉のダンサー達の「からだ」において指向するそれ(ら)は、自・他のない甘美なる運動、空の存在によって初めて色をもつ海と、水の蒸発によってのっぺりとした青の上に白い雲を内包させる空とが見せる、言葉も「からだ」も意識されることなく、曖昧な枠組みの中で永遠に続いていく運動を目指すための駆動力である。言うまでもない事だが、そこには不可能性の姿が強く露呈している。虚構でありながらも実在である舞台と言う枠組みの中で、どれだけ「からだ」からの超脱を目指そうとも、そこに表れるのは、「からだ(身体)」であり、それが誘発させる言葉にすぎない。