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2022/06/21

トーク 「舞台芸術はアーカイブ④~ダンスアーカイブボックスの旅路~」

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(テキスト・河野桃子)

アーカイビングF/T オンライン連続トーク

「舞台芸術はアーカイブ:消えるものの残し方と活かし方」

18:00-18:50 セッション4 『ダンスアーカイブボックスの旅路』

ゲスト:伊藤千枝子、鈴木ユキオ、レナ・ミヒェリス、マキシー・リープシュナー モデレーター: 長島 確、中島那奈子



※The Dance Archive Box Project was originally conceived and directed by Keng Sen Ong for the Saison Foundation, Tokyo, 2013-2015.


ダンスアーカイブボックスは、もともと2013年~2015年にオン・ケンセンがセゾン文化財団(東京)のために考案しディレクションを行ったプロジェクトである。

中島 セッション4『ダンスアーカイブボックスの旅路』は前半と後半に分けておこないます。前半は、アーカイブボックスを作る「アーキビスト」と、それを受け取る「レスポンダー」の対話を行います。後半は、このプロジェクトがうまれた頃から「アーキビスト」として関わってくださっている伊藤千枝子さんのお話を聞きます

 

●前半:アーキビストとレスポンダーの対話
    アーキビスト……鈴木ユキオ
    レスポンダー……レナ・ミヒェリス、マキシー・リープシュナー

 

中島 『ダンスアーカイブボックス』とは、「上演とともに消えるダンスをどうアーカイブするか」また「振付家の一つの作品をアーカイブするには、何をアーカイブに取り入れ、何を除くべきか?」という問いかけから始まったプロジェクトです。具体的には、振付家自身が自分のダンス作品をアーカイブした「アーカイブボックス」を作り、そのボックスを見知らぬ他者に渡して、新たにパフォーマンスを創作してもらいます。このプロジェクトには、7人の日本のコンテンポラリーダンスの振付家が関わっています。

 

中島 『ダンスアーカイブボックス』はもともと2013~2015年にシンガポールの演出家オン・ケンセンさんがセゾン文化財団のために考案してディレクションを行ったプロジェクトです。オン・ケンセンさんに加え、私(中島那奈子)、武藤大祐さん、マーギー・メドリンさんがファシリテーター兼ドラマトゥルクとして随行したのが発端です。2014年に東京で、5日間のセミナーと10日間のワークショップを経て、7つのアーカイブボックスが作られました。それぞれ非常に異なった形態・内容のボックスとなりました。

 

 アーカイブボックスはその後、色々な場所に送られます。2014年のセゾン文化財団の後、2015年のシンガポール国際芸術祭、2016年の国際舞台芸術ミーティング in 横浜((TPAM))で、それぞれ受け取った人がアーカイブボックスをもとに新たな応答パフォーマンスを作りました。そして今日フォーカスするのが2019年から2020年にベルリン自由大学とベルリン芸術アカデミーに渡った時のアーカイブボックスの経路(旅路)です。

 

中島 ベルリン自由大学との協働が始まったのが2019年秋。そこから半年をかけて、私が招聘教授としてこの大学の舞踊学部の学生にアーカイブボックスを渡し、応答パフォーマンスを作ってもらいました。

 

中島 2020年2月のベルリンでの公演により、初めてこのプロジェクトがアジア文化圏外で実現しました。パフォーマンスの場所は「ベルリン芸術アカデミー」という劇場兼美術館兼アカデミーです。

 

中島 ここでは今日お呼びしている鈴木ユキオさんと伊藤千枝子さんのアーカイブボックスについて紹介します。伊藤千枝子さんがアーカイブボックスにアーカイブされた作品は、2010年の『20分後の自分と。』という作品です。鈴木ユキオさんのアーカイブボックスには、2012年の『揮発性身体論「EVANESCERE」』という作品がアーカイブされました。アーカイブボックスには電球、契約書、テキストなど様々なものが入っています。

 



中島 この鈴木ユキオさんのアーカイブボックスを受け取ってパフォーマンスをしたのが、今日のゲストであるレナ・ミヒェリスさんとマキシー・リープシュナーさんです。その時の応答パフォーマンスは『hereinafter』という作品になりました。これまでは一度も会わずボックスを介してのコミュニケーションでしたが、今日ここで初めて、「アーキビスト」である鈴木ユキオさんと、「レスポンダー」であるレナ・ミヒェリスさんとマキシー・リープシュナーさんの対話が実現します。レナさんとマキシーさんには事前にビデオレターをご用意いただきました。


 

(以下、ビデオレター)

 

レナ、マキシー(交互に) 中島那奈子さん、鈴木ユキオさん、ご覧の皆さま、登壇者の皆さま、ご来場の皆さま、この度は中島さんによるアーカイブボックスプロジェクトのひとつ、鈴木ユキオさんの『揮発性身体論「EVANESCERE」』について、お話する機会をいただきありがとうございます。

 

レナ マキシー、どんなことを覚えてる?

 

マキシー 中島さんが用意したのはたくさんのボックス。その中から直感で、パフォーマンスに使いたいものを選びました。レナと私は鈴木さんのボックスを選びました。理由はまず、電球を使っていたこと。そしてたくさんの音の素材があったことでした。電球は、作品がどんな見え方をすべきか想像させてくれましたが、それよりまず音の素材が、スペースの雰囲気や、音を使った舞台の作り方、舞台を満たす動作のイメージを与えてくれました。まずあったのは、音楽のサウンドスケープと、鈴木さんによる作品の説明でした。それをもとに音に合わせて動き、また時には音に反発して動きました。動作や音や光がお互いを補完したり、その逆もありました。枠組みがとても面白く、作品の始め方として特別な方法でした。作品についてはこのことが強く記憶に残っています。レナ、あなたはどうだった?

 

レナ 『hereinafter』は、最初はボックスからの強い呼びかけがありました。鈴木さんのボックスはとても衝撃的でした。舞踏との強いつながりという点で、身体の再感覚と彼の明るさにただ魅了されました。ボックスを通して彼のダンスに触れる強烈なプロセスでした。私たちは耳を傾け、(ボックスに入っていた)彼のテキストを読み込み、彼の声やその中にある動作の創造、話される音を聴き込みました。そして‟感じる”という体験──言葉の意味を知らずにその言葉の感覚をつかむ、そんな瞬間がありました。言葉の輪郭をとらえるような感じです。最初の段階ではまず、身体をベースにした身体反応を理解しようとしました。そしてオノマトペ──"しゃっくり"のように、言葉の体験が明確な動作につながるものが入っていました。振り付けのプロセスと、鈴木さんの言葉のインパクトの中には、音の詩学とムーブメントの創作の強いつながりがあります。そしてもうひとつ私が感じたのは、応答者から応答者への強い結びつきです。私達と同じく鈴木ユキオさんのアーカイブボックスを受け取ってパフォーマンスをしたナフテージ・ジョハールさんの作品も、言葉の輪郭を捉えるもの、もしくは空間の詩学を探求するものだったからです。鈴木さんのボックスに向き合いながらジョハールさんと活動したことも、鈴木さんへの回答になりました。そこには相互関係がありました。

 

 さて、私から鈴木さんに質問があります。「実態とは何で、本質とは何か?」。マキシー、あなたは鈴木さんに何を聞きたい?


マキシー 私が知りたいのは、ボックスにアーカイブする時に、入れた素材を誰かほかの人間がまったく新しいやり方で別作品を作ると知りながら進めるのはどんな体験だったのかということです。


レナ マキシーと私はいつも話していたんです。ボックスの中には何が入っていて、舞踏の本質としてどんなことが見つかるのか。鈴木さんにとって舞踏とは何なのか。また、言葉の創作、想像力、言葉から生まれる神経の踊り、舞踏譜、そして生ける詩としての声の動作についてを……。どうもありがとうございました。

 

マキシー こうして繋がれて嬉しく思います。のちほど会いましょう。

 

   (ビデオレター終了)

 

中島 ありがとうございました。ではこのビデオレターに対して、鈴木ユキオさんからコメントを頂きたいと思います。

 

鈴木 最初、アーカイブボックスを作るという時は「とても難しいな」というのが正直なところでした。やっぱり他人に自分のソロ作品を再現してもらう、あるいは発展させてもらうためのアーカイブをすることについてはとても悩みました。5日間あったうち、最初の2日は「絶対に無理だよな」という気持ちが半分ほどあったんです。そのうえで「じゃあどうしたらいいか」と考えた時に、とにかくシンプルにするしかないんじゃないかと。「何とか伝えよう」「再現してもらおう」「アーカイブをちゃんとしよう」と思うと細くなりすぎてしまうので、とにかくシンプルにしようという方針を決めて、自分の踊りをテキストにしてみたのがスタートです。結果的には、シンプルにしたことで本質を捉えられたのかもしれません。実は、踊るためにテキストを作ったわけではなくて、即興をしたりイメージを使ったりした動きを、自分がいつも一緒に踊っているカンパニーのダンサーつまり僕の踊りの言語を知っているダンサーに「僕の踊りをとりあえず言葉に書いてみて」とお願いしました。自分で書くと細かく書きすぎてしまうのですが、他人にやってもらうとシンプルにしてくれるんですよね。それでいていつも一緒に活動している人に頼んだので、僕の言葉がちゃんと入っている。物語にはなっていないんだけど、詩的な言葉が連なっていきました。僕が舞踏出身だからかもしれませんが、ボックスに詰めたかったのは、形ではなく自分の思考や感覚なんです。ではそれをどうやって詰めるかと考えた時に、さっきレナとマキシーが言ってくれた「時間」と「空間」を強く感じたことはとても重要なことでした。音の素材や、僕の言葉によって、時間と空間を作りたい。時間と空間を揺らしたい。そうして時間と空間を見せたかったんです。レナとマキシーはそこを汲み取ったうえで、さらに作品を遠くに運んでくれたなと、映像でですが公演(『hereinafter』)を観て思いました。ソロの作品を2人でパフォーマンスしたことでさらに発展させてくれた感じがして、すごく楽しかったし嬉しかった。しかも舞踏的な感覚という大事な部分を引き継ぎながら発展させてくれた。そこが面白かったです。

 

マキシー 鈴木さん、まずは今日初めてお会いできてとても嬉しいです。このボックスを通したコミュニケーションは非常にナイスなやり方で、鈴木さんの作品と私達の作品との本質をつなぎ合わせるような、とても美しい形のコミュニケーションだと思っています。他者をプロジェクトに呼び込んでいく方法としても考えられていて、新しいものを作っていくための完成された形式ですね。

 

レナ このボックスに応答できたことは特別なことでした。とくに今この実際にお話しできる瞬間は私達にとってものすごく特別で有益な経験です。ボックスには、多くのリアクションを引き起こしていく様々なレイヤーがたくさん入っていました。その中でも身体と、言葉の音がとても美しく強いものでした。それを受け取ることで、私に強い反応が引き起こされました。

 

 鈴木さんの作品については、とても近くて力強い作品を資料として受け取るということを、ボックスを通して体験しました。鈴木さんはこのボックスを使って次に望むことはどんなことですか?

 

鈴木 そうですね……今回、レナとマキシーが「レスポンダー」となって僕のボックスを使ってくれたことで新たな可能性を感じたんです。というのも、今までの「レスポンダー」は1人で僕のソロ作品を発展させてくれていましたが、今回、ソロ作品に2人で取り組むことができる可能性が見えました。あと、作品を観る時ってそれぞれが自分の解釈をしますよね。アーカイブボックスもまた、必ずしも皆が正解を見るわけじゃなくて自分なりに解釈していくんだなと感じました。今後もまた新しいアーカイブボックスにトライしたいし、このアーカイブボックスを他の人達がいろんな形で再創造していく様子を見ていきたい。そして、生きている間に作れるアーカイブボックスには、それを見る楽しさが自分にもあるんだなと感じています。それはすごく可能性があることですね。こうやって僕のアーカイブボックスから作品を作ってくれた方と話ができるのはとても楽しいので、これが発展していくともっともっと面白いことが起きそうな気がしています。

 

マキシー 2人で上演をすることについてはずいぶん話し合いました。ボックスを受け取って応答するレスポンダーは、どういうふうに新しくクリエーションしていけるのだろうか、と。先ほどのビデオレターでも出たナフテージ・ジョハールさんも鈴木さんのアーカイブボックスを受け取ってパフォーマンスをし、かつ私達の先生でもあったので、一緒に話したりしました。


長島 レナさん、マキシーさん、ありがとうございました。ではここからは伊藤千枝子さんと鈴木ユキオさんに残っていただいてお話しします。

 

●後半:トークとディスカッション     アーキビスト……伊藤千枝子、鈴木ユキオ

 

中島 伊藤千枝子さんは「アーキビスト」として、プロジェクトの初めから最近のベルリンでの展開まで、最も現場に携わってくださっています。このプロジェクトの経緯を一番間近で見ていただいている「アーキビスト」です。そして唯一、箱形のアーカイブボックスを作られました。どんなものを入れられましたか?

 

伊藤 なにを入れたかしら……! あんまり覚えていない(笑)。これまでアーカイブボックスのプロジェクトを4回ほどやってますが、形状はボックスのまま4回とも作り変えているんですよ。なぜボックスかというと"アーカイブボックス"という名前なので単純に箱にしました(笑)。最初に作った時はユキオ君とは真逆で「できるだけたくさん詰め込めるだけ詰め込んでしまえ」と思ったんです。こちらが入れられるものは入れて、それをレスポンダーの方が選べばいいかなと。たとえば衣裳は、全員分は入れられなかったけど3人~4人分は入れました。ほか、会場の図面、構成表、音楽、上演した作品(『20分後の自分と。』)の映像が入ったDVDなどとにかく何でもかんでも入れました。ボックスのために新しく作ったものといえば、レスポンダー宛てのお手紙。そうして一つ目のボックスは完成しました。その時はあまりにも作品と自分の距離が近く「これは私の持ち物だ」という気持ちが強かったので、ボックスに「パンクスピリットで開けろ」とケンカ腰の紙を貼りました(笑)。私の命がけで作った作品なんだから受け取る方もその気で頼むわね、という気持ちだったんですよね。その後、何回か作り変えていく中で、ボックスに入れる内容が変わっていきました。衣裳や音楽や映像といったマテリアルは変わらずできるだけ入れたのですが、2回目からは作品のキーワードになるような言葉を書いたカードを複数枚入れました。作る人がそのカードを引いて、なにかインスピレーションをもらえるようにと思ったんです。さらに手紙も入れるようになりました。そうしてどんどん形が変わっていき、最後のドイツではちょっと不思議な感覚にたどり着いたんですよ。それは、自分の作品をもとにアーカイブボックスという別の作品を作っている、という感覚です。作品をアーカイブする「アーキビスト」でありながら、すでにある作品を再構築する「レスポンダー」でもあるような不思議な感覚でした。そしてドイツに行ったら、アーカイブをもとにさらに質感の違う作品が作られていた。衣装も音楽も映像もそんなに変わらないのに、がらっと質が違う。自分と作品との距離がものすごく離れたみたいで、本当に面白いです。きっと、私と作品との距離感と、私とアーカイブボックスとの関係が変わったことによって現れたものなんでしょうね。

 

 こんなにも贅沢な時間が過ごせたのは、このプロジェクトをずっと続けてきたからこそですし、私が生きている間に作ったアーカイブボックスを受け手の方が再構築したもの見ている……ということが実現しているからなんでしょうね。ちょっと面白い経験でした。

 

中島 アーカイブとは通常、亡くなられた方の資料などをまとめるものですからね。

 

伊藤 そう。通常なら本人じゃなくて、別の人がやるんですよね。

 

中島 自分の作品を自分でアーカイブすることと、それをまた別な人に託すことと、二重構造になっていることが新たな効果を生んでいるような気がします。また、伊藤千枝子さんのアーカイブボックスは毎回アップデートしていくので、「アーキビスト」がどんどん「レスポンダー」になっていく流れがあるのかもしれないです。

 

伊藤 那奈子さんに伺ったんですけれど、ドイツの「レスポンダー」の学生達が、私のアーカイブボックスを使って作品を創作している間に、キノコ(珍しいキノコ舞踊団)っぽくなっていったという(笑)

 

中島 そうなんですよ、千枝子さんがたくさんいらっしゃるようでした(笑)。3人の学生が千枝子さんのアーカイブボックスを受け取ったのですが、受け取る前と比べると、半年後はキノコ化していて「あれ、こんなに可愛らしい感じだっけな」と(笑)。驚いたのは、伊藤千枝子さんに振付をしてもらったダンサーという感じではなく、伊藤千枝子さんからもらったコンセプトが彼らの中に入っている感じだったことです。似方がとても面白いんですよ。

 

伊藤 ドイツではとくに、コンセプトだけでなくその作品が持っているスピリットのような、作家本人からすると小さいけれども強いものが、しっかりと「レスポンダー」の方に伝わっている感覚を受けました。それは他の方のアーカイブボックスからうまれたパフォーマンスを観た時も思いました。もちろん目に見える動きや舞台の作り方も工夫されていましたが、スピリットがとても強く感じられた気がしたんです。

 

中島 そうですね。ドイツの学生は日本のダンスの状況をほとんど知らないので、ボックスの中にあるものから読み取ることに集中していたようです。どのボックスを選ぶかについては、その人の内面と呼応しあうなにかを見つける必要がある。鈴木ユキオさんのボックスをレナとマキシーが選んだということは、彼女達の中にも通じるものがあったからだと思います。


伊藤 だから「直感で選ぶ」ということが良かったんだろうなと、さきほど2人の話を聞いていても思いました。やっぱりボックスから感じるものがビュンと刺さって「あっ、自分もトライしてみたいな」となるんでしょうね。そういう素直な反応で自分の身体や創作に向き合うのはとても豊かな時間ですね。それに私たちも付き合えるって、すごいことだよね、ユキオ君!

 

鈴木 そうだね。幸せだね。

 

伊藤 贅沢だよね! 幸せだよね!

 

鈴木 僕達も日本でお互いのアーカイブボックスを試しましたよね。自分のアーカイブボックスを作りながら、他人のアーカイブボックスもテストしないといけないという大変な5日間だった(笑)

 

伊藤 本人を前にするとやりづらいよね(笑)。でもすごく面白い時間でした。絶対に「壊す」という作業がどこかに入ってくるんです。壊すのは自分の思い込みかもしれないし、もらったボックスの中身かもしれない。そこからまた再創造をしていく。そうやっていろんな段階がひとつのボックスから生まれる感覚が、回を重ねるごとに強くなっていきました。


中島 ドキッとしたことがあって、伊藤千枝子さんのボックスを受け取った学生が、美空ひばりさんの曲を使われましたよね?

 

伊藤 あの曲は私達の上演では一番目にかけた曲だったのですが、それをドイツの学生も一番目に使ってたんですよね。鳥肌が立ちまくりましたね! そういう不思議なシンクロも起きましたね。そういった目に見えるものはもちろんですが、「レスポンダー」から醸し出されるなにかが自分の作品とは全然違うんです。舞台上もすごくカラフルだったし。ボックスに入っていた材料で新しい料理をつくって提供してもらったような、ステキなプレゼントをもらったような感覚になりました。

 

中島 ひとつだけ補足すると、伊藤千枝子さんのアーカイブボックスに、作品そのもの(『20分後の自分と。』)を撮影した映像データが入っていたのですが、その映像を見ようかどうしようかと学生達はずいぶん悩んでいました。一度映像を見てしまうと影響されるから、と。最終的には見なかったです。それでも美空ひばりさんの曲が同じく一番目に使われたという、意図しないシンクロがあったんですね。

 

伊藤 今までずっと動画を入れているんですけど、誰も見ていません。

 

全員 (笑)。

 

伊藤 やっぱり作る前には見ないよね! でも入れています。ちょっとしたいじわるです。「どうだ~? 見たいだろう~? 見たら楽だぞ~?」って(笑)。

 

鈴木 いじわるだ(笑)。


伊藤 でも私もきっと見ないですよ。自分の作品を作り終わってから見ます。面白いですね。


中島 それを伊藤千枝子さんが直接ドイツの学生に「実際の作品はこういう感じだったんですよ」と映像を見せてくださって、偶然なのか奇跡なのか、同じところで曲が流れていたと教えてくださったことは衝撃で、それがわかることも本人たちにとって大切だったと思います。


 

伊藤 教室で学生達に「同じだったんだよ、最初の曲」と映像を見せたら、「きゃあ~!」と盛り上がりました(笑)。そういうミラクルがあって素敵でしたね。


長島 僕からもお二人にひとつだけ質問させていただいていいですか? 伊藤さん、鈴木さん、それぞれに面白いコミュニケーションが起こっていますが、それは実はアーカイブボックスを作っている段階で「渡す」ということを考えられていたからこそ、遠隔で振り付けをしているような、超ロングパスを通しているようなことが起こるのではないかなと感じました。それは意識されていたんですか?

 

伊藤 確かに超ロングパスを投げている感覚はあるなと、言葉にしていただいて実感しました。もともと最初にボックスを作った時には「隣の振付家さんに渡す」ような、とても近い距離の人に渡す感覚が強かったんです。作品と自分の距離が近かったので、パスを投げているところも近かったんですよね。近いぶんパワーが強くて勢いもありましたが……。今は「どうやったら遠くの外国まで届くかな?」と考えながらふわ~っとパスしています。きっかけは2015年にシンガポールにボックスを送った時ですね。そこで初めて日本から出ることを意識して、ひとつ遠いところまで届けようとしました。それから回を重ねるうちにどんどん遠くなって、作品と自分の距離が離れていっています。たぶんアーカイブボックスと自分の関係性も、どんどん細く長く遠くなっている。今はどの国の人がボックスを受け取っても大丈夫なようにしようと心がけています。まだロングパスをぴゅーっと直線で投げてる感じですが、これがぐにゃぐにゃと曲線になって届く感覚になったらもっと面白いのではと、ドイツで感じました。この先、もっと遠くに行く感覚になるのかもしれないですね。

 

鈴木 僕も同じような感じだけど、最初に7人が作ったアーカイブボックスを見た時に、みんな演出家、振付家、ダンサーなどを兼ねている方だから、自分の特徴を捉えてボックスに詰められるんじゃないかなとは思いました。僕自身も、自分の特徴が取り出せたんだなと感じました。そして千枝子さんと同じく、海を越えてシンガポールにボックスを届けた時にやっと客観的になっていった。距離が離れるほど冷静に見られるんですね。

 

 今、僕はアーカイブボックスでやったことを自分のワークショップ受講生に試したりしているんですよ。さらに自分でも踊ります。つまり、アーカイブボックスを作るために自分の踊りを他人に言語化してもらったものをもとに、また自分が踊る……ということを試しているんです。自分のアーカイブボックスを自分で試している状態は面白いです。「意外と自分の踊りだな」とか「ワークショップ受講生も鈴木ユキオ化されていくな」という感じがある。遊べる道具として使えるようにもなってきた。いろんな人が手をかけてくれるのを見て、もう一度自分自身を見つめ直しているのかもしれないですね。それがこのアーカイブボックスをやって一番面白いところです。

 

伊藤 ユキオくんも「レスポンダー」になっているんですね。

 

鈴木 そうそう(笑)。

 

伊藤 そうなるよね。不思議なことだけど、生きている間にアーカイブを作ると自分でやりたくなるのかなぁ。

 

鈴木 面白いですね。

 

長島 ここで、ひとつ短いコメントがチャットに届いているので紹介します。「映像記録を見ないというのは面白いと思いました。創作者にとってのアーカイブの継承と、歴史家や記録家にとってのアーカイブの意義の差を楽しくお聞きしました。質問です。お二人は、他者のアーカイブボックスに映像がついていたらご覧になられますか?」……ということですが、さきほど絶対に見ないとおっしゃっていましたね。

 

鈴木 作る時は見ないですね。

 

伊藤 見ないと思います(笑)。

 

中島 いろいろお話を伺っていると、アーカイブボックスが時間と空間を繋いでいく感じがしますね。アーカイブを常に回していかなきゃいけない、この転がりを止めてはいけない、というのは前のセッション3でも少し出た話題です。生きている間にアーカイブするということは、アーカイブボックスが転がっていくにあたって生じる、さまざまなポイントを考えることなんでしょうね。

 

長島 そうですね。またぜひお話したり、作品を拝見できる機会を楽しみにしています。どうもありがとうございました。

 

(テキスト・河野桃子)

『』2へ続く

伊藤千枝子

ダンサー、振付家。1989年珍しいキノコ舞踊団を結成し、2019年解散まですべての作品の振付、演出を行う。解散後の現在は、活動名を伊藤千枝から本名の伊藤千枝子と改め、多方面への振付や自身の出演など精力的に活動を続けている。 TVCM「LOTOシリーズ」(2018~2019)、「BASE偏見派と利用者の抗争」(2021)などの振付を担当。 SNSで「毎日ダンス」を絶賛配信中!

https://www.instagram.com/the_chiekooos

鈴木ユキオ

「YUKIO SUZUKI Projects」代表/振付家・ダンサー。1997年アスベスト館にて舞踏を始め、2000年より自身の創作活動を開始。世界40都市を超える地域で活動を展開し、しなやかで繊細に、且つ空間からはみだすような強靭な身体・ダンスは、多くの観客を魅了している。MV出演やモデル活動、ミュージシャンとの共同制作なども行う。また、子供ダンス作品の振付・演出や、障害のある方へのワークショップなど、身体と感覚を自由に開放し、個性や感性を刺激する表現を生み出す活動を幅広く展開している。 2012年フランス・パリ市立劇場「Danse Elargie」で10組のファイナリストに選ばれた。

www.suzu3.com

レナ・ミヒェリス

ベルリンに拠点を置くダンサー、作家。クリエイティブ・ライティングとダンス研究の修士課程にて学ぶ。その後舞踏と出会い、踊り方や身体の捉え方が変わり、その詩学、身体講義、創造に魅了される。2020年、ダンスアーカイブボックスと協働し、鈴木ユキオ作品『揮発性身体論「EVANESCERE」』のレスポンス作品を制作し、感動的な衝撃を与えた。現在、ダンスのボキャブラリーと詩学に関する研究を行う。2021年、多言語ダンスプロジェクト「トランスポンダンサー」でSAAIアワード(芸術と社会部門)を受賞。2022年5月、マルタにて公演予定。

マキシー・リープシュナー

バイロイト大学で演劇、メディア、文学を学んだ後、ベルリン自由大学でダンスサイエンスの修士号を取得。また、ストックホルム大学留学中に、振付と風景の構成における生態学的類似性の研究を始める。様々なアートやメディアを通して、パフォーマンス、演劇、ダンス、メディアの背景を持つ多くのアーティストとコラボレーションし、物語を語る最も豊かな方法の発見を目指す。2019年~20年、ダンスアーカイブボックスに参加し、鈴木ユキオ作『揮発性身体論「EVANESCERE」』のレスポンス作品を制作。現在、ベルリン自由大学修士課程。

長島確

専門はパフォーミングアーツにおけるドラマツルギー。大学院在学中、サミュエル・ベケットの後期散文作品を研究・翻訳するかたわら、字幕オペレーター、上演台本の翻訳者として演劇の現場に関わり始める。その後、日本におけるドラマトゥルクの草分けとして、演劇、ダンス、オペラからアートプロジェクトまでさまざまな集団創作の場に参加。フェスティバル/トーキョーでは2018〜2020年、共同ディレクターの河合千佳と2人体制でディレクターを務める。現在東京芸術祭副総合ディレクター。

中島那奈子

老いと踊りの研究と創作を支えるドラマトゥルクとして国内外で活躍。プロジェクトに「イヴォンヌ・レイナーを巡るパフォーマティヴ・エクシビジョン」(京都芸術劇場春秋座2017)、レクチャーパフォーマンス「能からTrio Aへ」(名古屋能楽堂2021)。2019/20年ベルリン自由大学ヴァレスカ・ゲルト記念招聘教授。編著に『老いと踊り』、近年ダンスドラマトゥルギーのサイト(http://www.dancedramaturgy.org)を開設。2017年アメリカドラマトゥルク協会エリオットヘイズ賞特別賞。

アーカイビングF/T オンライン連続トーク
「舞台芸術はアーカイブ:消えるものの残し方と活かし方」

日程 ライブ配信:2022年3月5日(土)14:00-19:15
<配信は終了しました>

アーカイビングF/T

フェスティバル/トーキョー(F/T)は、2009年から2020年まで、13回にわたって開催されました。舞台芸術を中心に、上演・上映プログラム数204、関連イベントもあわせ、のべ77万人の観客と出会ってきました。これらの出来事を通じて、国内外にまたがる多くの人々や作品が交差し、さまざまな活動・交流の膨大な結節点が生み出されました。 上演作品やイベントは、「もの」として保存ができません。参加者や観客との間で起こった「こと」は、その場かぎりで消えていきます。しかしそのつど、ほんのわずかに世界を変えます。その変化はつながって、あるいは枝分かれして、あちこちに種子を運び、芽ばえていきます。 F/Tは何を育んできたのでしょうか。過去の記録が未来の変化の種子や養分になることを願い、13回の開催に含まれる情報を保存し、Webサイトを中心にF/Tのアーカイブ化を行います。情報や記事を検索できるデータベースを作成し、その過程で過去の上演映像セレクションの期間限定公開や、シンポジウムを開催します。

 
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