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2018/11/06

『NASSIM』対立が進む世界で演劇ならではの「寛容」のススメとは

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(文:田中伸子)

2017年エジンバラ・フェスティバルの話題作『NASSIM』が早くもF/T18に登場。

2017年の夏、エディンバラ・フリンジ・フェスティバルで『NASSIM』という70分の小作品と出合った。作者の名前「ナシーム・スレイマンプール」を冠したこの珠玉の演劇作品における演者は毎回変わる俳優1人と一言も言葉を発しない(意図して)作者のナシーム・スレイマンプール、そして敢えて言うならばその場に居合わせた観客一人一人のメモリーと想像力と言うことができるだろう。

上演時間前、観客たちが続々と人気劇場トラヴァース劇場のスタジオルームに入ってくる。スタジオの中央にはその日のゲストがパフォーマンス(!?)を披露することとなるスペース、その横にはそのゲストに指示を出すスレイマンプールの作業デスク、背後には無言のスレイマンプールの指示が書かれた紙を投影するスクリーンが置かれている。ステージを取り囲むように席が配された劇場(トラヴァースの場合)で観客達は、謎につつまれた実験劇の幕開けを不安と好奇心を胸に待っている。

するとそこへ、そんな彼らの代表者とも言える俳優が登場。実はこの『NASSIM』ではゲスト(必ずしも俳優を職業としている者ではない)も観客たちと同じく、作品に関しての予備知識が無い状態で作品の語り部、パフォーマーにならなくてはならない仕組みとなっているのだ。

この”毎回違う演者によるリハーサル無しの即興劇“のスタイルはスレイマンプールのデビュー作であり2011年初演作品「白いウサギ、赤いウサギ」から受け継がれてきた手法だ。「白いウサギ、赤いウサギ」は初演年にエディンバラ演劇祭とNYのサマーワークス・フェスティバルで上演され数々の賞を受賞。その後25ヶ国語以上に翻訳され世界各地で1,000回以上上演され、スレイマンプールの名を一躍世界で有名にした彼の代表作だ。日本でも2016年に池袋、東京芸術劇場アトリエウェストで4回の公演が行われ、大いに話題となった。後半のインタビューでも言及されているように、イランから送られてきた戯曲を作家=スレイマンプール不在の中で日替わりの俳優が現地の言語で演じるという特殊な上演事情には彼が当時イラン国内で置かれていた状況が大きく関係している。と言うのも、スレイマンプールが2年間の兵役義務を拒否したため、パスポートを取り上げられ国外へ出られず、上演国で自身の舞台を観ることが叶わなかったからだ。後に彼はメディアのインタビューでこの件に関し「自宅軟禁されたわけでもなく、(兵役を拒否すること自体)違法行為ですら無い。実際、多くの若者が僕のように拒否しているよ。… ただ、パスポートを取得できないのと土地の購入が出来ないというだけでね。」と、彼の政治的思想からの悲劇と思いたがるメディアに対し意見を述べている。

『NASSIM』の現場では、ゲストはステージに現れたときに初めてその日の台本を手にする。さらに言えば、受け取った後も指示により、先のページを盗み見ることなしに観客と一緒に1ページずつだんだんと未知なる劇世界を進んでいくこととなる。劇の冒頭、この作品の主人公、作者自身である「ナシーム」の名前が彼の生まれ育ったイラン式で紹介され—欧米の左から右ではなく、右から左へと綴られる、続けて名前の意味(現代ペルシャ語で「そよ風」を意味する)が明かされる。このように、観客は彼の育ったイスラム文化、特にペルシャ語の文化的背景と自分たちのよく知る文化の背景を見比べながら、その違いと同一性を一人の男の人生の歩みを通して見て、体感していくこととなる。

「母」と言う言葉は違っても、皆同じように「母」という存在を思い描き、イメージを共有することが出来る。なぜ違いばかりに目を向けていがみ合うのか、もっとベーシックな部分での協調の道を模索してみたらどうだろう、とこの小さな演劇作品は問いかける。人類の不調和を嘆く前に、繋がろう、違う言語でも想像力を駆使して語り合えるのではないか、と。

世界が注目するイラン人劇作家、ナシーム・スレイマンプールってどんな人?

ナシーム・スレイマンプールはイラン南西部の商工業都市シラーズで1981年(1979年2月のイスラム革命の2年後)に生まれた。小説家の父と画家の母という芸術家一家に生まれ育った彼は両親がいつも本に囲まれ、本を読んでいる姿を目にしながら幼少期を過ごす。その後、いっときはテヘラン大学でエンジニアを目指すも、通訳の仕事を通して出合ったカナダ人演出家ダニエル・ブルックスの影響、さらに彼からの助言もあり演劇の道へ、劇作家となる。

6年間を費やして書き上げた「白いウサギ、赤いウサギ」で2011年のエディンバラ演劇祭でセンセーショナルなデビューを飾った彼はその後もその独特な手法(実験的な即興劇)を駆使した作品を発表し続けている。昨年のエディンバラ・フリンジ・フェスティバルで1ヶ月のロングランを敢行、好評を博し、最優秀オリジナル作品賞を受賞した最新作『NASSIM』はロンドンの老舗劇場ブッシュシアターとの共同製作作品だ。活動の拠点をベルリンに移し精力的に活躍するナシーム・スレイマンプールに彼の考える演劇、日本での上演が迫る『NASSIM』についてメールインタビューを行った。

ベルリン在住のナシーム・スレイマンプールへのメールインタビュー。

Q:あなたの最初の演劇との出会いについて教えてください。

 

12歳の時の学校での演劇発表会が僕にとっての初めての演劇経験でした。コンクール形式で、生徒たちが脚本、演出、演技を全て自分たちで手がけ、先生からの手助けやアドバイス一切なしに上演しないといけないというルールがありました。お察しの通り、僕たちの作品は即興の上演形態から何かを考察するという、ちょっと普通の演劇作品とは違った作品となりました。この体験がその後の僕の活動に大いに影響をしていると思います。

 

Q:なぜ小説ではなく、演劇という方法を選んだのですか?

 

僕の血の中にもともとそうさせる何かがあったのか…父が何らかのウィルスを送り込んだのかも。エヘン、、真面目に答えますと、演劇のライブだから起こる偶然性のようなものにとても惹かれたからです。

でも、これも言っておきますが、今後小説を書かないとは僕はまだ断言していませんからね。

 

Q:いわゆるオーソドックスな演劇ではなく、エクスペリメンタル(実験的)な演劇を表現方法として選びました。その選択を導いた、影響を受けたアーティストはいますか?

 

特にはいません。僕の方法はどちらかと言うとその必要性から、実験の現場で生み出されたものと言えるでしょう。もちろん作品を作る過程で出会った多くの素晴らしいアーティスト達からは色々な影響を受けています。

 

Q:書かれた戯曲を役者が覚えて上演するような従来の演劇のどこが好みではなかったのですか?

 

別段嫌いなわけではないのですが、僕は常に古くからの慣習による方法論を変えることが出来れば何かしら違った結果が得られるだろう、と考えていました。そしてその「違うもの」こそがアートで求められるものなのだろうと思っています。

 

Q:2011年に6年間の準備期間を経て「白いウサギ、赤いウサギ」を発表。その作品が大評判となり、その後は世界各国で上演されるあなたの代表作となりました。当時は「白いウサギ、赤いウサギ」が上演される国の役者へ戯曲を送り、それを受け取った役者がそれぞれの言葉で上演するという、これもそれまでには見られなかった珍しい上演形式をとり話題となりました。この形を選択したのはご自身が国外へ出られないと言うやむを得ない状況からですか?それとも他に意図があったのでしょうか?

 

そのどちらもです。僕に起こったことの不利な条件を好機に変えたと言うことです。プレッシャーが何かを生み出すきっかけとなる事もあるのです。我慢強く様々な試行錯誤を続ければ、必ず道は開けます。

 

Q:その当初から上演される国の言葉で上演をしようと決めていたのですか?

 

はい、僕自身、いつも国や言葉に囚われない人間でした。新しい冒険というのが僕にはとても心地よいのです。

 

Q:彗星の如く現れたあなたは2011年のエディンバラ演劇祭のフリンジ部門で賞を取り一躍世界の演劇シーンで注目される存在となりました。このことによって、何が変わりましたか?

 

おそらく可能性が広がりましたし、その分プレッシャーも大きくなりました。でもこれは言えると思うのですが、賞を取る前と後で、別にその人自身が変わるわけはないんですよ。何かが変わったと思うのはおそらく単なる思い過ごしです。

 

日本初演となる『NASSIM』について。

 

Q:今回の「ナシーム」はロンドンの老舗劇場ブッシュシアターとの共同製作です。ブッシュシアターからは何を得ましたか?また、演出家のオマール・エラリアンとの仕事は如何でしたか?

 

ブッシュシアターで2年間かけて創作活動を行いました。この作品が生まれる初期の段階から僕らのプロジェクトに大きな信頼を寄せてくれていた芸術監督のマダーニ・ヨーニス(Madani Younis)の下、ブッシュシアターのスタッフは皆親切でとても協力的でした。素晴らしい演出家で僕の友達でもあるエラリアンは今回の作品のとても大きな役割を担っています。彼は僕がアイディアを育んでいるといつも鋭い洞察力を持って助言をしてくれました、新しいことを試すのには最適の環境でした。美術のライス・ジャーマン、ドラマトゥルグのスチュワート・プリングルとカロリーナ・オルテガ、照明のラジーヴ・パターニと音響のジェームス・スワドロ、みんなみんな素晴らしいスタッフです。最後に愛する妻シリン(Shirin)にこの場を借りて感謝を述べたいです。彼女は僕の劇団を運営しているだけでなく、僕が戯曲を書き直している時やリハーサル漬けになっている時、優しくアドバイスをしてくれて、いつでも僕に力を与えてくれています。

 

 Q:2017年エディンバラ・フリンジ・フェスティバルの際にトラヴァース劇場で『NASSIM』を観劇しました。その際に小さなスタジオで起きた奇跡のような体験は忘れることが出来ません。その回のゲスト俳優は最後、幼い子供のようにボロボロと涙を流していました。どうやったらあのような結果を導き出すことができるのでしょうか?なぜあの場の人々は心を開いてあなたの芝居に感動したのだと思いますか?

 

トラヴァース劇場で出演してくれたゲスト俳優の方々、彼ら全員の大きなハート、そして見事なパフォーマンスに僕も心を打たれました。その年の1月にツアーを開始してから各地で、各国で同じような現象が起きています。実のところ観客と素敵な関係を築いたり、観客の心に入り込む方法を見つけるというのはそれほど難しいことではないですよ。赤ちゃんや犬は普通にそれをやっているじゃないですか。その方法というのはあなたがあの劇場の場で正直に、そして寛容になることです。

 

Q:即興劇、観客参加作品を成功させるのに必要な点とは何ですか?そして最も苦労する点は?

 

リライト(書き直し作業)です!リライト作業が最も大切な作業であり最も時間を費やす大変な部分でもあります。私にとっての書くという仕事は削除するという仕事に等しいのです。どんな素晴らしい戯曲でも初めはひどい書きなぐりだと思いますよ。

 

 Q:「ナシーム」の上演で忘れられないエピソードはありますか?

 

そうですね、たくさんあります。韓国のドゥサン・アート・センターでの上演の際、自分がハングル語を読んで話すことが出来ることを発見した経験ははとても深く印象に残っています。

 

Q:そのような奇跡的体験が演劇で出来るのはなぜだと思いますか?なぜ映画、読書やテレビではなくて?

 

演劇は我々を一つにしてくれるからだと思います。映画やテレビではなかなかそうはいきません。映画やテレビには日常生活の中では発見することのないような魅力的なところを紹介してくれると言う利点はありますが。一方、演劇において、何百人の人が集まった部屋でそこにいる人々が同時に同じ言葉を発したときに生じる一体感のパワーがその場のステージをヴィヴィッドにするというのが、僕にとって本当に他に類を見ないほどの魅力なのです。

 

 Q:イランを離れてベルリンを演劇活動の拠点に選んだのはなぜですか?ベルリンの何があなたにとって刺激的なのでしょう?

 

ずっと海外に住むことを夢見てきました。なので、僕は「ナシーム・スレイマンプール制作」の演劇をベルリンで創作することにしたのです。ベルリンはオリジナルの新作に対して寛容ですし、そこでは海外の作家が新しい芝居を創作するのをサポートするような環境があるのです。近い将来、素晴らしい日本人作家とベルリンで働く機会もあるだろうと確信しています。

 

 Q:一般的に西欧人よりもシャイだと言われている日本の観客たちに何か観劇に際してのメッセージ、アドバイスなどはありますか?

 

心配しないで、楽しい観劇体験になることを約束するよ。

 

日本公演でしか実現しない唯一無二のステージを見逃すな。

 

先日、今回の日本公演で重要な役割を果たす勇敢なゲスト俳優たちの名前が発表された。漫才師の塙宣之(ナイツ)、劇作家・俳優・演出家で劇団鹿殺し主宰の丸尾丸一郎、情報学研究者で表象メディア論准教授ドミニク・チェン、そしてダンサー、俳優、振付家の森山未來の4人だ。ナシームが3年半を費やして練り上げた綿密なプロットがあるとは言え、現場で伝える人のそれぞれの個性が表れるパフォーマンスも大きく作品のあり方に影響を及ぼすのは必須。あなたが観る回の『NASSIM』が1回限りのゲストプレゼンターと、そして集まった観客達によりどのような旅を辿るのか、忘れられない70分となることは間違いない、と断言しておこう。

 

 (文:田中伸子)



田中 伸子 
City University (London) Arts Management修士課程終了。中央大学独文科卒。2001年より英字新聞The Japan Timesで演劇担当ライターとして、演劇・ダンス記事を執筆。海外、特にヨーロッパ、英国での演劇関連の取材を多数手がける。日⇄英翻訳、英国へのプロモーター業も行なっている。バイリンガルウェブサイトjtages.comを始動。


劇作家・パフォーマー ナシーム・スレイマンプール

ナシーム・スレイマンプール

1981年イラン・テヘラン生まれ。兵役拒否のため、一時出国を禁じられた経験を持ち、代表作の『白いウサギ、赤いウサギ』では、自身は国内にいながらも、作品に世界を旅させるスタイルを生み出した。同作は、これまでに25の異なる言語に翻訳され、1000回以上の上演を数え、数々の賞も受賞している。その他の作品に『ブラインド・ハムレット』(2013)、『ブランク』(2015)など。現在は、ドイツ・ベルリン在住。

ナシーム・スレイマンプール × ブッシュシアター
『NASSIM』(ナシーム)


出演
ナシーム・スレイマンプール
日程 11/09(Fri) 19:30 塙 宣之(ナイツ)
11/10(Sat) 14:00★ 丸尾丸一郎(劇団鹿殺し)
11/11(Sun) 14:00 ドミニク・チェン
       18:00 森山未來 ※追加公演
★=終演後、ポスト・パフォーマンストークあり
※受付開始は開演の1時間前、開場は30分前
会場 あうるすぽっと
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