>   > ある“家族”の冒険記。3人のピクニックに同行して。 『Family Regained: The Picnic』
2017/11/25

ある“家族”の冒険記。3人のピクニックに同行して。 『Family Regained: The Picnic』

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取材・文 山口達也(ライター/エディター)

 「家族」と聴いて、何を思い浮かべるだろうか? 当然、あなたの両親、兄弟や姉妹、息子や娘、もしくはペットの姿を想起する人もいるだろう。では「家族像」を尋ねられたら? すると途端に一言では語りきれない、言語化し難いものが浮上してくるかもしれない。そして「よくある」家族のたとえ話を始めるに違いない。大げさにいうと、私たちの深層心理や世界の認識の仕方には、きっと誰のものかもわからない固定観念が纏わりついているものなのだ。

撮影:高橋明大


 2017年6月30日、ドイツで同性婚を認める法案が可決されたことが大きな話題になったがご存知だろうか。世界で同性婚を合法とする23カ国目が誕生したのだ。さらにオーストラリアでは、来る11月15日に同性婚の合法化の賛否を問う住民投票の結果が発表される(同国は2009年から同性カップルは、税制や社会保障の面で異性婚の夫婦、家族と同じ待遇を受けられるようになっていることも追記しておく)。国際的な機運の高まりに後れを取る形でありながらも、日本国内でもパートナーシップ制度や既存の結婚制度に関する議論が生まれつつある現在、家族や結婚について改めて考える場と機会の創造はもっと活発なものになるべきなのではないだろうか——。

 写真家でありながら同性婚の実現に向けた活動家としても知られる森栄喜さんが、「フェスティバル/トーキョー17」で発表する作品は『Family Regained: The Picnic』。12月に刊行される4年ぶりの写真集『Family Regained』(ナナロク社)に連なるシリーズだ。同写真集は、森さん自身が親しくしている友人や恋人同士、夫婦など40組の家族に自身も家族として加わりながら、彼らが実際に暮らしている住居や庭先を背景に撮影したポートレイト、言わば、とある「家族写真」をまとめたものだ。

© Eiki Mori Courtesy of KEN NAKAHASHI


 これまでLGBTQやセクシャリティーを主題にした作品は数多くあったが、森さん曰く「政治性や制度に対するメッセージは意識されず抹殺されていた」のだという。「2012年頃だったでしょうか。自分自身に関わる問題として、同性婚を正面から取り上げようと思ったのです。『やらなきゃ』という使命感のようなものもありました」と話す。そうして生まれた、森さんが当時のパートナーと発表したシリーズ『Wedding Politics』は衝撃的だった。『Wedding Politics -Sugamo- 』という作品では、デフォルメされたウェディングコスチュームを着た二人が商店街を歩きながら道ゆく人に記念写真を撮ってもらう。その一連の流れを映像と写真で収めたものだ。その視覚的な強さはもとより、痛烈ともいえるメッセージを深く感じたことを今でも覚えている。世界にはすでに、16年も前に同性婚が認められた国があるというのに。

 「こと日本国内における同性婚に関する運動を盛り上げること、そして同性婚の実現を後押しできるようなメッセージを紡ぐことが主なテーマでした。まだ国内では同性婚やパートナーシップ制度に関することが俎上にもあがっていない時期ですね」。『巣鴨』の方法論をトレースしながら「今回は結婚の先にある『家族』を主題にしています。例えばこの日本で、本当に同性同士は『家族』として承認されるのだろうかという思いもあって」——赤色の服を身にまとった森さん自身を含めた3人が池袋の街中を歩きながら、出会った人に声をかけ、使い捨てカメラを手渡しし、「家族写真」を撮影してもらう。今作は、そのすべてのプロセスを捉えた映像を池袋西口公園に特設された大型スクリーンと豊島区庁舎1階の総合案内横にあるサイネージで上映するプロジェクトだ。もちろん足を運んで観にくる人もいるのだが、このゲリラ的な仕掛けにより、偶然に通りかかった人の眼にもふとうつることになる。「まるで風景の一部のように可視化されることは意義深いと思っています。セクシャリティーに関する感覚や認識のズレというのはあって当然ですが、まだジェンダーについて無自覚な人は多い。そういう人たちの目に触れることができるのは理想的な環境だなと思いますね」

——2017年10月21日(土)、「まちなかパフォーマンス」の撮影日。超大型の台風21号が接近しているからくれぐれも用心するようにとのニュースが耳に入っていたのだが、この日の日中は幸運なことに本降りになる少し手前といったところだった。数百メートル先に、真っ赤な衣装を身につけた男性が1人と、1人の男の子を見つけた。彼らの、街の光景からすっと浮き上がる存在感のおかげで、合流はスムーズに果たすことができた。男の子の名前は、かおる君。おかっぱの前髪が愛らしい小学3年生の9歳だ。もう1人の男性は、綿貫大介さん。森さんとは旧知の仲である編集者で、恵比寿にあるNADiff Galleryで開催された映像作品『Family Regained: The Splash』にも出演していた。「栄喜さんから『仲良しの確約』はもらっているんですよ(笑)。今回のパフォーマンスは、他人、強いて言えば社会と対峙するわけなので緊張感はありましたが、徐々に他者がいることを楽しいと思えてきましたね。編集の仕事でもパッと話しかけてスナップ写真を撮らせてもらうことがあって、やることはそんなに変わらない。パフォーマーである僕たちが幸せであれば、他人のリアクションなんて問題ではないのかもしれません。だって、ピクニックだから。雨でも楽しいんですよ。『全部思い出!』と言い切れる。家族ってそういうものなのかもしれないですね」と、少年のような笑顔で綿貫さんは話してくれた。私服に着替えて少しだけ人見知りに戻ったかおる君も「とにかく楽しかったよ」とポツリと教えてくれた。

 「僕と綿貫君に加えて、8歳のかおる君。彼という守るべき存在がいての二名プラス一人という組み合わせで、それが擬似であったとしても家族的な構成になっていた。明らかに『Wedding Politics』の時との違い、つまり恋人同士にはない違う気持ちが湧いてきましたね」と、撮影を終えてリラックスした表情で森さんは話す——街を散策しながら、例えば交差点に差し掛かると、かおる君が「こっちに行く」と指差し、「写真を撮ってもらうのはどの人がいいかな?」と尋ねると「あの人がいい」と言う。休憩時間には濡れた髪をタオルで拭き合い、仲睦まじく3人でしりとりをしたり、かおる君オリジナルのなぞなぞが用意されていたりする。少しく距離を置いたところから見ていると、赤色の強烈さではなくて、親密な空気感の方がすっと心に響いてくる。雨脚が強まる中、かおる君を真ん中に挟んで一本の傘を分け合うように肩を寄せ合う3人の関係性を、何と呼称すれば良いのだろうか。まだ妙案が見つかっていない。

 去る日、森さんが『Family Regained』という言葉に込めた想いを聴いていた。ジョン・ミルトンによる『失楽園』の続編と位置付けられている『Paradise Regained(復楽園)』に着想源があるのだと。「エイズに伏して添い遂げ合うことができなかった恋人たち、ただ愛し合うことだけでも同性同士だという理由で犯罪となった時代に命がけで生きた恋人たちが、世界のどこかに確かに存在していたのです。彼、彼女たちが生きる先にあったはずの『未来の家族』の姿に、彼らに成り代わり出会っているような感覚が僕の中に芽生えてきたのです」

 視覚的な「赤色」はシリーズ「Family Regained」では統一しながらも「それぞれのプロジェクトが内包している赤のメッセージ性というのは微妙に違っている」のだという。「僕にとって『赤』は危険色、革新色のイメージがある」と続ける。今作では「実際の社会や日常にあるノーマルな色彩に、赤を一点落とすという感覚。その異物感を出すための赤だったんです」。映像は写真を撮られる「記録」だが、撮られたモノクロ写真はフィルターがかけられて「真っ赤な写真」に仕上げられる。「街中に馴染んでいない3人の共同体が、現像される『赤い写真』の中でだけは突出することなく馴染んで受容されている」

——しかし、森さんは語感を強めながらこう話す。「大切なのは『行為』そのもの。家族のような僕たちが見知らぬ人に写真を撮ってもらって、その瞬間だけは家族として受け入れられる。その肯定される感覚を味わいたい。確認したいだけなんですよ」と。『家族』というものの曖昧さ、捉えがたさについて、私たちにそっと問いかけてくる。

 ふと疑問が湧いた。森さんは、新しい家族のあり方を示したいのだろうか。それとも自身も知らない家族を探しているのだろうかと。「いわゆる歴史や法律が定義してきた『家族』というフォーマットを借りているだけかもしれません。究極は、家族についての提言ということではないんです。家族の間にしかない『感情のやりとり』を感じたいんです。家族って実は、退屈な暮らしの連続を共有する集団でもある。その家族がテーマなのに、ピクニックという、家族の歴史にも個人の記憶にも強く残るであろう『ハレの日』をタイトルにしたのにはアイロニーも込めているんです。どうしたって僕たちは本物の家族ではないから、スペシャルで祭り的な『家族』の姿でないと作品としては残せませんから。自分に対する皮肉なんですよ」と話す。

 「赤い写真の中では衣装の色も馴染んで目立たなくなる」とはいえ、今回の衣装のイメージは強烈なものがあった。森さんに、様々なメタファーを内包して見える真っ赤な服についても尋ねた。「コスチュームの力は本当にすごいと思いました。この赤い服を着ていると街の風景が輝き始めて、世界が変わった」と。「10月だから、街の人の服装に色味がなくなっていく時期じゃないですか。木々の緑色も身を潜めていく。そういう中で赤い服を着て練り歩くのが、初めは居心地が悪いというか、神経をすり減らしながら『闘う』感じになるのではないかと思っていたんですね。でも3人で着ているということもありますし、結果的に戦闘服でありながら『おばあちゃんが見繕ってくれた鎧』みたいな存在になっていました」。

撮影:高橋明大


 その衣装を「愛着が滲み出るほどとても丁寧につくってくれた」のは、マレーシア出身のモト・ゴーさんと、彼のパートナーでもあるキンダー・エングさんのデザイナーデュオが手がけるメンズブランドMOTO GUOだ。「僕たちが敬愛する栄喜は、快活で、とてもチャーミングな性格。それが彼の仕事にも影響を与えているのです。今回のプロジェクトの背後にあるストーリーは、僕たちの感情に強く訴えかけるものでした。そして、プロジェクトに彼が注ぐものに応えられるだけのパッションを、コスチュームに注ぎたいと思ったのです」。「TO KINDER」と題した2018年春夏コレクションをここ東京で発表したばかりの彼らに、さらに続けてマレーシアのLGBTを取り巻く現状についても尋ねた。「すべての人がLGBTの存在を知っているけれど、公けに語ったり、認知することはありません。マレーシアはイスラム教の国ですから『公然の秘密(open secret)』なのです。若い世代はオープンマインドであると私は思っていますが、上の世代では未だに物議をかもすトピックですね」。彼らのアティチュードを垣間見るために、ぜひショーの映像も見て欲しい。


 写真作品『Family Regained』では出演者と私服を交換し合い、『Family Regained: The Splash』では「服を着させる」という行為に触れている。「そもそも『服』にはユニフォーム的で、記号的な性質が多少なりとあると思っています。どういう態度で社会と接し、どういう思想を表明するのか。着る人と服だけで、そういったことさえも表現できるであろうというレベルで、僕にとって重要な要素になっています。別の言い方をすれば、僕は、服の力を信じているんですよね」。衣服が持つコードは、社会や集団との接点や繋がりを強化する役割を果たす側面がある。その一方で、その衣服ならではの記号性を逆手に取ることで、社会との間にねじれや揺らぎを生み出すこともできるということなのだろう——「モト・ゴー君と毎日のようにやりとりを重ねましたが、デザインや生地選びをすべて彼らにお任せしたんです。彼らのセクシャリティーの部分に共感するのもあるけれど、彼らが物作りに向かう姿勢にも自分と同じ意志を感じるのです。そして何よりも、彼らは僕がやりたいことを汲み取ってくれている確信がありました。だから、彼らが作ってくれた服と僕たち3人さえいれば、雨が降ろうと嵐が来ようとこのパフォーマンスは成立すると思っていたんです」

撮影:高橋明大


 3人の衣装を、まじまじと見てみて欲しい。タータンチェック、それに重ねられたレース、縄編み柄の服地、フリンジ、リボンやドローコードでキュッと締めて作られたふくらみ、左胸(心臓がある方)にはお揃いのピンバッチ、コンバースの赤いハイカットスニーカーに赤いソックス。あるいは背丈は違っても、同じバランスで露出した素足。ヘアスタイル。フェミニンなディテールや子供服のスケール感。彼ら3人の服装の違いと共通点にもぜひ目を配ってみてほしい……正しい回答などは存在しないが、あなたは、どんなイメージを持つだろうか。

 この日の撮影は、森栄喜さんがパンと手をひと叩きして言った一言で終わった——「よし、お家に帰ろう!」と。「僕たちの家族の家はここ。最初に集合して、着替えて、備品や荷物が置いてあって、今こうやって話をしているこの会議室がホームであり、帰るところなんですよね。その一方で、かおる君は先ほど、本当の家族であるお父さんとお母さんとお家に帰りました。きっと帰り道の電車の中は疲れちゃって、みんな無言だと思うんですよね。疲れ切って、無言で、それでも家族であるということ。僕は、本当はそういうところをみたいんです」

森 栄喜

写真家。1976年石川県生まれ。2014年『intimacy』で、第39回木村伊兵衛写真賞を受賞。『Crows and Pearls』(2009)、『tokyo boy alone』(2011)などの作品集のほか、同性婚をテーマにしたパフォーマンス『Wedding Politics』(2013〜2016)がある。新作『Family Regained』(ナナロク社)が今秋刊行予定。

http://www.eikimori.com/

まちなかパフォーマンスシリーズ A Poet: We See a Rainbow (ア・ポエット:ウィー・シー・ア・レインボー)

参加 森栄喜
日程 10/20(Sat)-10/22(Mon)
会場 ジュンク堂書店 池袋本店、南池袋公園、東京芸術劇場

国際舞台芸術祭フェスティバル/トーキョー18

名称 フェスティバル/トーキョー18 Festival/Tokyo 2018
会期 平成30年(2018年)10月13日(土)~11月18日(日)37日間(予定)
会場 東京芸術劇場、あうるすぽっと、南池袋公園ほか

概要

フェスティバル/トーキョー(以下F/T)は、同時代の舞台作品の魅力を多角的に紹介し、舞台芸術の新たな可能性を追求する国際舞台芸術祭です。10周年、11回目の開催となるF/T18は、2018年10月13日(土)~11月18日(日)(予定)まで、国内外のアーティストが結集。

F/Tでしか出会えない国際共同製作プログラムをはじめ、野外で舞台芸術を鑑賞できる作品、若手アーティストと協働する事業、市民参加型イベントなど、多彩なプロジェクトを展開していきます。

タイの伝統芸能と現代性が共存した強靭な身体で、舞台芸術の枠組みを革新し続けるタイ人振付家ピチェ・クランチェンは、昨年の『Toky Toki Saru(トキトキサル)』に引き続き、フェスティバル/トーキョー18オープニングで新作の野外公演を手掛けます。

共催 国際交流基金アジアセンター(予定)
取材・文 山口達也(ライター/エディター)
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