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本プログラムについて

 F/T12 では、劇作家イェリネクが2012 年3 月12 日に本人のウェブサイトで発表した『光のないⅡ』を出発点とし、「東日本大震災」の震災が収束しているかのようにふるまう現状、「エピローグ化」されようとしている現状を問う。ツアーパフォーマンスにより、福島の記憶、福島への記憶を、フィクショナルに再構成し、戯曲に対する新たな" 上演" の手法を提示することになるだろう。

東日本大震災を受けてイェリネクが書き下ろした『光のない。』につづく『光のないⅡ』

 2004 年、ノーベル文学賞を受賞し、世界的評価も高いオーストリアの作家エルフリーデ・イェリネク。そのイェリネクが、昨年、日本で起きた東日本大震災、津波、それに続く福島での原発事故を受けて急遽書き下ろした『光のない。』(原題:Kein Licht.)。この戯曲は2011 年の夏に発表され、いまだ混乱の中で流れ続ける情報を異国の地で受けたイェリネク自身の反応でもあった。
その後、新たなテキストが2012 年3 月12 日にイェリネクのウェブサイト上で発表された。そのテキストは『光のない。』に続く、イェリネクが発した3.11 への応答であった。『光のないⅡ』では、死者に味方し、法や制度などの強大な権力を前にしても「言うこと」をやめなかった『アンティゴネ―』の言葉が散りばめられ、静かに、だが着実に進行する東日本大震災の「エピローグ化」への抵抗とも捉えられるだろう。

Port B が切り拓く、新たな" 上演" という形式

 本作では、イェリネクが震災後、世間に流れた多くの報道や研究を" 翻訳" して並べ替え、『光のないⅡ』を執筆した手法を引用し、東京の都市空間を福島に見立てる手法で、フィクショナルな「福島ツアー」を組織するという。観客は見慣れた東京の風景と報道写真によって印象づけられた福島のイメージを重ね合わせ、イェリネクやアンティゴネーの言葉をめぐる旅へと出発する。東京を福島に見立て、さまざまなレイヤーが重なる中で、東京と福島のイメージは異化され、その「距離」は撹乱される。観客は、作為と無作為の拮抗の中にある「フクシマ」を目の当たりにすることになるだろう。
世界初のツアーパフォーマンスによるイェリネク戯曲上演によって、いかにアクチュアルな福島- 東京の関係性を捉え直すことができるのだろうか。


創作ノート

高山 明

 『福島―エピローグ』の翻訳が上がってきたのは、横浜のある大学院で10 日間の特別演習をやらせてもらっていた時で、ちょうどその最終日だった。戯曲を手に少し緊張しながら大学を出て、近くのJICA(国際協力機構)3階にある食堂へ向かった。大学院生に福島の原発事故のことを尋ねても、「忘れてました」、「何とかなるんじゃないですか」、「日本にいるつもりないんでどうでもいいです」......といった回答ばかりだったので、ウィーンの作家が福島について書いたテクストの「近さ」に距離感を狂わされるような感覚を覚えた。ただこの「近さ」がとても変わっていて、福島に感情移入して同化してしまったり、福島に憑依してしまったりしているわけでは全くない。むしろイェリネクの他の戯曲よ りも分析的で、対象との距離がはっきりしている文章が多いと感じた。一つ一つは具体的なのに、組み合わせやつながり方が独特なせいで、また時間と空間の接続の仕方が奇妙なため、読み手の遠近感や時制の感覚が失調していく。(イェリネクの言語の特徴を最大限に受容した翻訳が、敢えて歪になったその日本語が、普段の秩序を余計に揺さぶって止まなかった。)しかもJICA の食堂で読んでいたので、周りはインドやアフリカから来たと思われる人ばかり、彼らが英語や聞き慣れない言語で話をするのがいやでも耳に侵入してくる。食堂で提供される料理はエスニックなので香辛料の香りがフロアー中に充満していた。ふと外を見ると横浜の夜景が広がり、横浜スタジアムの上空あたりがナイター照明でぼんやりと明るかった。するとますます奇妙な感覚に襲われ、僕はたまらず食堂を後にしたのだが、誰もいないJICA の階段を下りていくときの靴音、一階のフロントでスタッフが宿泊客に話している英語の大げさな響き、照明を落とされたロビーの椅子に一人座っている女の人、建物の外へ出たときの新港の湿り気、みなとみらいのよそよそしい明かり、校門で会った学生が「お世話になりました」と深々と頭を下げてくる寂しさなどが妙な具合に際立ってきて、そうやって掻き乱されてみると自分がいかに安定した日常のなかで暮らしてきたかが逆によく分かる気がした。福島の原発事故にしても、学生の反応に驚きはするものの、事故から一年以上経ったことで事態が収束したかのように錯覚しているという意味では、実は自分も彼らと何ら変わりなかったのではないか。いつの間にか整理整頓されていた福島がイェリネクの言葉によって撹乱され、バランスを崩した福島が「再稼働」したような気がした。

 イェリネクはこの戯曲を震災から一年と一日後の3 月12 日に自身のウェブサイトで発表している。しかもタイトルの「エピローグ」には「?」が付いていた。この事実だけ見ても、終わらせること、収束させること、つまり「エピローグ化」への抵抗が意図されていることが分かる。僕もまた、福島で起きた事故を自分なりに歴史化することで、あるいはマスメディアの報道による記念化や物語化に乗っかることで、知らず知らずのうちに原発事故を飼い馴らしていたのだろう。その安定が突き崩された時、僕のなかで原発の問題が再びアクチュアルなものとして体感された。ただ僕は福島に住んだこともなく、東京で演劇活動をしているに過ぎない。そうした当事者でも何でもない人間が、福島で起きてしまったことをどうやって「今」に接続することができるのか。しかも福島の被災者に同化したり、憑衣したりすることなく、他者を他者のまま、異物を異物のまま受容するにはどうすればいいのか。イェリネクは『福島―エピローグ』でその課題に真正面からチャレンジしているように思う。僕がこの戯曲に取り組む意味もそこにある。『福島―エピローグ』の方法とはなにか? 僕はその方法をこそ受容し、「上演」のなかで知覚できるようにしたい。そのためには演出という「翻訳」が必要になるが、この戯曲を最初に読んだ時に感じた奇妙さや失調感がその道しるべになるだろ う。

 今回、『福島―エピローグ』を舞台化するつもりはない。演劇の一般的な表象システムのなかにテクストを代入するだけでは、その他者性や異物感は去勢されてしまうだろうから。僕は代わりに、東京で「福島ツアー」をオーガナイズしたいと思う。つまり東京のある場所を福島に" 見立て"、そこを参加者に歩いてもらう新しい形のツアーを作る。遊戯的で人工的な " 見立て" というフィクションによって、福島と東京が重なったり、その距離が自覚されたり、東京がいつもと違って見えたり、逆に福島のイメージが変わったり、固定化された関係が変わることで「福島/東京」の様々な可能性がアクティブになるかもしれない。------ その手段として写真とラジオの使用を考えている。写真についてはその「過去化」の作用に異義を唱える形で。ラジオ(電波)については見えない放射能と似て非なる活動、福島の声を届けるメディアとして。

※『光のないⅡ』のテキストは2012 年3 月12 日の発表後、現在まで、イェリネクのウェブサイトで『福島―エピローグ』(原題:Fukushima - Epilog)の名で掲載されている。


寄稿

エルフリーデ・イェリネク、言葉と政治、現代演劇(林 立騎)

about artist この作品のアーティストについて

高山 明
演出家

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エルフリーデ・イェリネク
詩人、小説家、劇作家

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