現代美術家・椿昇による、高さ20mの巨大インスタレーション「フラちゃん」

テキスト:CINRA.NET編集部

「裏側を見てほしい」椿昇が手がける『F/T13』のシンボル



『F/T13』の開催期間中、東京芸術劇場のアトリウムには巨大すぎる牛とも獅子ともつかないバルーンオブジェが鎮座している。その大きさはなんと高さ20m! 地下1階から地上3階までを貫く巨大さは、まさにフェスティバルの開催を象徴するに相応しい迫力だ。

この作品を制作したのは、現代美術家の椿昇。これまでにも『横浜トリエンナーレ 2001』での巨大バッタを始め、世界各国でさまざまな立体作品を制作し続けてきた。『KEINE STIMME.-声のない。inspired by EPILOG?』と名付けられた同作品は、その名の通り、ノーベル賞作家エルフリーデ・イェリネクの作品『エピローグ? [光のないII]』からインスパイアされて制作されたもの。椿によれば、この作品のモチーフは牛で、愛称は「フラちゃん」だという。

「シンボルや象徴といったものは、アートの世界ではどこかカッコ悪いものとされてきました。けれども、そんな象徴が生み出す物語に共鳴することは、僕らの身体にとって自然なことなのではないでしょうか。アーティストには、そういった共鳴を引き出し、観客の心を振動させる役割があるのではないかと思います」

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椿昇 (c) Ryosuke Kikuchi

「声、つまり意見を失った僕らは、市民としてのポジションを奪われているのではないかと感じます」(椿昇)



昨年の『F/T12』では、イェリネクの連続上演がおこなわれ、京都の劇団「地点」が『光のない。』を、今年も招聘されている「Port B」が『エピローグ?[光のないII]』を、ミュンヘン・カンマーシュピーレが『レヒニッツ(皆殺しの天使)』を、そして、公募プログラムでは「重力/Note」が『雲。家。』を上演した。世界中を見回しても、彼女の作品をここまでまとめて上演する演劇祭は類を見ない。

実は、イェリネクの『光のない。』というシリーズは、東日本大震災、そして福島の原発事故に着想を受けて執筆されている。これまでに3作品のシリーズを発表している彼女。その作品を読んでいると、まるで彼女が、われわれ日本人よりも深く傷つき、怒り、絶望しながらも、世界に向けてメッセージを投げかけているよう。そして、このメッセージを『F/T』が受け継いでいるのだ。

今年の『F/T13』では、椿を始め、美術家の小沢剛、演出家の宮沢章夫らが、イェリネクのテキストに反応し、作品を創作する。では、椿がイェリネクから受け継いだメッセージとは何だったのだろうか? 

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『KEINE STIMME.-声のない。inspired by EPILOG?』 (c) Ryosuke Kikuchi

椿が目をつけたのは、ギリシャ悲劇『アンティゴネー』だった。実は『エピローグ?[光のないⅡ]』には、『アンティゴネー』からの引用が織り交ぜられている。国の決定に背いた反逆者である兄を埋葬しようとする王女アンティゴネー。個人の想いと国家の思惑。その間に揺れる人間の葛藤を描いた普遍的な名著だ。今回、椿は同じギリシャ悲劇『イクネウタイ』に登場する牛をモチーフに、このインスタレーションを制作した。

「アンティゴネーは、『兄を埋葬したいという気持ちは、国家よりも優先する』といって自害する。その構図が福島の原発事故と同じであると、イェリネクは投げかけているんです。けれども、僕らはそれにしっかりと答えられていないのではないでしょうか」

さらに、椿は続ける。

「僕はこの作品で、『声』を失ったことをテーマにしました。声、つまり意見を失った僕らは、市民としてのポジションを奪われているのではないかと感じます」

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『KEINE STIMME.-声のない。inspired by EPILOG?』 (c) Ryosuke Kikuchi

祝祭感の裏側に隠された秘密のメッセージ



そんな私たちを象徴するように、椿は東京芸術劇場のアトリウムに設置されたこのインスタレーションにある仕掛けを施した。周囲の人々の声をマイクで拾い、特殊なプログラミングでその音声を分解。それは別の音として、作品に設置されたスピーカーから流れ出す。あたかも「声」を奪われた私たちを暗喩するかのように、このインスタレーションは、周囲の声を吸い上げ、吐き出していく。「フラちゃん」の正式名称は「フラグメンタ」、「断片化」という意味だという。祝祭感を演出する巨大な「フラちゃん」を制作する裏には、椿によるシリアスな時代認識があるのだ。そして、椿が本当に見てほしいのは、この巨大バルーンの裏側だという。

「『フラちゃんすごい!』でも構いませんが、作品の裏側をぜひ見てほしい。そこには秘密のメッセージが隠されています。表の華やかな造形よりも、むしろ裏側のほうがいいんじゃないか、そう思っていただければ嬉しいですね」

この裏側に刻まれているのは……、それは、実物を観てからのお楽しみとしよう。ぜひ、実際に東京芸術劇場を訪れ、その裏側にあるものを目に焼き付けてほしい。

『F/T13』オープニングセレモニーの挨拶で、椿は「アートは答えを出すことではなく、問いを立てることではないか」と語った。イェリネクが発信し、『F/T』を経て、椿が受け継いだ「問い」は「フラちゃん」となって、エジプト神話やギリシャ神話に登場するスフィンクスのように、今、私たちに問いを投げかけているようだ。

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