blueLion
特別寄稿 blueLion 構成・演出・振付:白井剛

「ウーティスのドラマ―――白井剛のために」

浅田 彰(批評家/京都造形芸術大学大学院長)

豪胆な戦略家オディッセウスは、自らウーティス(nobody=誰でもない者)と名乗ることで、一つ目の巨人キュクロプスたちを混乱させ、まんまと逃走に成功する。さて、白井剛もまた、ウーティスと呼ぶべき存在ではないか。彼は、ダンサーであると同時に振付家・演出家でもある。舞台上で際どく揺れる秤のようなダンスを見せるかと思うと、ミュージシャンたちの演奏にちょっかいを出し、時には不穏な空気を漂わせながら観客席を徘徊したりもする――と同時に、そうしたパフォーマンスのすべてを冷静にコントロールしてもいるのだ。ダンスと演劇、パフォーマンスと演出、舞台と観客席の間の境界線で、どちら側に属することもなく危なっかしい歩みを続ける、ウーティス。ただし、豪胆な戦略家どころか、乱暴な決断を避け続ける繊細すぎるほど繊細な現代のウーティス。安易なスペクタクルを求める、キュクロプスのように視野の狭い観客は、決して彼をとらえることができないだろう。しかし、その間にも、ウーティスとしての白井剛は、いたるところに見えないネットワークを張りめぐらし、かつて誰も知らなかった重層的なパフォーマンス空間を切り開いてゆくだろう。その静かな革命はすでに始まっているのだ。

浅田 彰 Akira Asada

1957年兵庫県生まれ。京都大学経済学部卒業、同大学院経済研究科博士課程中退。京都大学経済研究所准教授を経て、現在、京都造形芸術大学大学院長。哲学・思想史、音楽、舞踊、美術、建築、映画、文学ほか種々の分野において批評活動を展開している。主な著書に『構造と力』、『逃走論』のほか、『ヘルメスの音楽』、『映画の世紀末』、対談集に『天使が通る』、『「歴史の終わり」を超えて』、『20世紀文化の臨界』、『憂国呆談』シリーズなどがある。