トミトアーキテクチャ

文・伊藤孝仁(tomito architecture)

撮影・大高隆

池袋、東京芸術劇場地下1階ロビー、通称ロアー広場。巨大な吹き抜けの底に位置する赤褐色の床に、臙脂色の豆型をしたスツールが行儀よく円状に並べられ、幾つかの車座をつくっている。劇の開場を待つ人が高揚感を胸に時間を潰していることもあれば、池袋を散策中の人が休憩で利用していたり、こっそり昼寝をしているタクシー運転手らしき人もいる。いろんな人が、適切な距離を保ちながら、それぞれの時間を過ごす広場である。

そんなロアー広場に、フェスティバル/トーキョー16の期間中、不思議なものたちがレイアウトされていたのをご存知だろうか。ジョウロやタバスコといった、日常的に目にするようなものたちが、4本足の小さな台の上にぽつりと鎮座している。それらが生き物のような雰囲気を纏いながら、広場に点在している。
フェスティバル/トーキョー16の各演目で使用される「舞台の小道具」の再現品と、池袋の街のリサーチから見つけ出した「都市の小道具」を、都市と舞台の間の空間といえる「劇場のロビー」に、ごちゃ混ぜにして展示するというプロジェクトだ。

F/Tサポーターのワークショッププログラム「あたらしいロビーをデザインする」から生まれたこの展示について、その内容や意図、製作までの過程を紹介したい。

ワークショップ「あたらしいロビーをデザインする」

このワークショップでは、アートディレクター/グラフィックデザイナーの阿部太一氏(GOKIGEN)と私たち建築ユニットtomito architecture(冨永美保+伊藤孝仁)が講師を務めた。観劇体験の後、まだ言葉にならない感覚を共有する文化や空間の乏しさ、日常と舞台の連続性、人の居場所について、興味や問題意識を共有していたことから、ワークショップを共同で企画することとなった。「あたらしいロビーをデザインする」というテーマのもと、人が他者とともにいるような空間を、都市空間やロビー空間での人やものの振る舞いの観察から考えてみることにした。
2016年7月から9月にかけて、4回のワークショップを実施。「①池袋の街から学ぼう」「②劇場のロビーから学ぼう」「③デザイン案を検証しよう」「④デザイン案を具体化しよう」という流れで、都市空間やロビーでのフィールドワークとディスカッションを重ね、複数のアイデアやテーマを共有していった。

池袋で30年後も意外としぶとく残っていそうなモノ/コト

「①池袋の街から学ぼう」では、「池袋で30年後も意外としぶとく残っていそうなモノ/コト」をテーマにリサーチを実施した。豊島区は東京都23区で唯一「消滅可能性都市」であるというニュースは、その言葉のキャッチーさゆえインパクトがあり記憶に新しい。
そんな消滅可能性都市で見つけた、見放されているがために、あるいは日常に自然にフィットしているがゆえに、しぶとく残りそうと思えたモノ/コトをマッピングしながら、簡単なスケッチに描きおこし、その理由を記していく。例えば駅前の交差点近く、派手すぎず程よく綺麗に維持されている花壇の横に、見過ごしてまう程よく馴染んだ状態でジョウロや掃除用具が整頓されているのを見つけたとする。行為を目撃していなかったとしても、誰かの意志や思い入れや繰り返される日常の風景を想像し、その強さを思う。モノの置かれ方や掃除のされ具合、何故そこにあるのか、という根本的なことを推測しながらまちを眺めると、人とものの間の関係や、些細な日常というものの中にある強度を見出すことができるのである。

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日常と非日常が交差する公共空間<ロアー広場>

「②劇場のロビーから学ぼう」では、劇場のロビー空間を観察し、「キャストカード」をつくり上げた。「キャストカード」に、簡単なスケッチや役者(滞在者)の特徴などを自由に、時に推理も含めながら書き込んでいく。最終的には、参加者が作成したキャストカードをもとに、劇場を舞台とする物語を即興的に考えた。
この試みによってわかったことの1つが、広場内の場所による滞在者のキャラクターの分布である。エスカレーターの麓付近は待ち合わせで利用する人が多かったり、劇場のスタジオ付近にはおめかしをした人が多く、天井の低い壁際の辺りには、1〜2時間ほどの滞在を目的として利用する人が多かったり。丸椅子のレイアウトが、そういった潜在的な思いに応えるように、さまざまな場所に置かれていることも際立って見えた。
動物的な感覚で、人々が自分の居場所を主体的に選びとっており、またその感覚に応える多様な環境が用意されている。「劇場のロビー」の独特の高揚感や緊張感と、誰にでも開かれた「都市のパブリックスペース」がもつゆるさが同居する、稀有な広場だ。

 

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まちと演劇を繋ぐ「小道具」という視点

トミトアーキテクチャ
リサーチ時のロアー広場

都市空間のリサーチと劇場のロビーのリサーチを終えたのち、どのように「あたらしいロビーをデザインする」か、予算は限られた中で、いかにロビーの質を変化させることができるかを議論した結果、「小道具」というキーワードが浮かび上がった。まちという舞台にも、演劇の中にも、色んなキャラクターが存在する。コミュニケーションをとったり、あるいは距離をとったり、その関係性を調整するためには、言葉やツールによる工夫が必要不可欠だ。都市空間の中で、他者と自らの距離を調整するために使われるモノたちを「都市の小道具」と名付け、フェスティバル/トーキョー16の演目の小道具とごちゃ混ぜにして展示することとなった。

展示方法は、ロビー空間のリサーチが活かされている。場所毎に異なる滞在している人のキャラクターを考慮しながら、豆型のスツールと同じような存在感の、小さな展示台が良いのではという方針がきまると、紙と軽い木の棒だけで簡単に造ることができるデザインにたどり着いた。どこかユーモラスな、生き物のような形となっている。

展示を楽しむ方法も色々ある。通り過ぎた際、気になったモノの前で立ち止まり、ちらりと眺めることもあるだろうし、展示に併設されているガイドブックを手に取り、一つ一つの展示内容を読み込みながらじっくり楽しむ方法も有る。フェスティバル/トーキョー16の演目を知るきっかけであり、まちを楽しむきっかけとして機能することができた。
ある人にとっては展示空間で、ある人にとってはいつもと少し違う風景というだけだったかもしれない。しかしそれこそ、劇場のロビーが持ちうる包容力の可能性の一端だと思っている。

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トミトアーキテクチャ

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トミトアーキテクチャ

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トミトアーキテクチャ

冨永美保と伊藤孝仁による建築設計事務所。2014年に結成。
日常への微視的なまなざしによって環境を丁寧に観察し、小さな出来事の関係の網目の中に建築を構想する手法を提案している。主な作品に、丘の上の二軒長屋を地域拠点へと改修した「カサコ/CASACO」、都市の履歴が生んだ形態的特徴と移動装置の形態を結びつけた「吉祥寺さんかく屋台」などがある。
http://tomito.jp/

 

展示「都市と舞台の小道具展」

会場:東京芸術劇場 アトリエイースト付近・日程:10/19(水)~11/6(日)

   森下スタジオ ロビー・日程:11/8(火)~11/13(日)

   あうるすぽっと ロビー・日程:12/9(金)~12/11(日)

PLAN / DESIGN:阿部太一(GOKIGEN、グラフィックデザイナー)、冨永美保 + 伊藤孝仁(tomito architecture、建築家)、F/Tサポーター

「都市と舞台の小道具展」はフェスティバル / トーキョー 16 のワークショップ「新しいロビーをデザインする」から生まれた展示です。劇場のロビーには、高揚感と日常が混ざり合う独特の空気感が漂っています。都市と舞台の間に存在する、ノンフィクションとフィクションが交差する特殊な空間といってもいいかもしれません。ロビーのあり方によっては、演劇の力を劇場内に押しとどめてしまうこともありえますし、逆に演劇と日常を繋ぐことも可能なのではないでしょうか。そこでワークショップでは、ロビーにどのような空間やモノ・出来事があれば、日常と舞台を繋ぐことができるのかをテーマに調査・考察を進めてきました。その過程で、上がってきたキーワードが「小道具」です。乗降率が日本で第 3 位の池袋には、年齢、職種、人種を越えて様々な人が集まってきます。ここでは、日々、他者と自らの距離を調整するための多くの工夫が見てとれます。そこで使われるモノたちを「都市の小道具」と名付けました。この「都市の小道具」とフェスティバル /トーキョー16 の各演目で使用される「舞台の小道具」の再現品を、ごちゃ混ぜにしてロビーに散りばめたような展示をつくりました。それぞれのモノが喚起するイメージによって、ロビーがいつもと違う風景に見えるかもしれません。

東京芸術劇場ロアー広場

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