F/T マガジン

終末の既視感の柔らかい手触り -- クリストフ・マルターラー
作品解説 巨大なるブッツバッハ村----ある永続のコロニー

 クリストフ・マルターラーは、音楽劇を演出するポストドラマ系のアーティストとして評価されている。たとえば『ポストドラマ演劇』の著者ハンス=ティース・レーマンは、ロバート・ウィルソンの「遅延の美学」の延長上にマルターラーを位置づけ、その特徴のひとつとして「時間の引き延ばし」を挙げている。ウィルソンもマルターラーも、彼らの演出した舞台では出来事らしい出来事は起こらない。しかし退屈かというと、そうではない。観客は時間の持続を体験する。絶え間ない驚きと場面転換によって、観客の興味はつねに生き生きとした状態に保たれる。
 マルターラーの俳優たちは、調子外れのコントを行ったり、ヒットソングに浮かれ騒いだりすることもあるが、たいていは静かにたたずむか、歌を歌い、モノローグを語っている。そのうちに、話がゆるやかに進んでいく。時おり静けさが劇場全体をおおう。レーマンによれば、ここには「音楽的-抒情詩的な構造」があり、モザイクめいた寄せ集めと、つねに新たに据えられるテーマの堂々巡りがある。舞台はドラマ的対立を使っても変えることのできない状況と同義なのである。
 一般にこのような舞台は難解とみなされ、批評家には評価されても、幅広い観客層に支持されることは少ない。ところがマルターラーの場合、国籍を問わず、老若男女を問わず、客席は満員になり、笑いの渦に包まれる。一種の音楽劇であり、ナンセンスなユーモアと哀しいペーソスに満ち、しかも社会批判の精神を忘れない彼の演出は、アヴァンギャルド嗜好の客層だけのものではないからだ。
 このような特徴は、フリー・シーンからスタートした彼の経歴と関係がある。70年代半ばから80年代にかけて、マルターラーはドイツ語圏各地の劇場で作曲を担当しながら、おもにフリー・シーンで活動していた。それが公共劇場の芸術監督の目にとまり、1988年からスイスのバーゼル劇場、1993年からハンブルク・シャウシュピールハウスとベルリン・フォルクスビューネ劇場を活動の拠点とするようになった。