日本のコンテンポラリーダンスを代表するカンパニーのひとつ、イデビアン・クルーがF/Tで放つ『シカク』。ASA-CHANG&巡礼を音楽に迎え、とてもユニークな舞台が生まれそうだ。井手茂太とASA-CHANGに話を聞いた。

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文:石井達朗 撮影:細川浩伸

2人の出会いから始まって・・・

井手茂太が主宰するイデビアン・クルーが、この秋、新作『シカク』を発表する。場所は、今年いっぱいで終了になるにしすがも創造舍。F/Tの一環である。以前、『挑発スタア』(2009年)というイデビアン・クルーの魅力が溢れる作品をここでやったことがある。この空間を活かして、ふたたび井手の発想が全開するはずだ。日本のコンテンポラリーダンスの一翼を担ってきたイデビアン・クルー結成25周年、そしてにしすがも創造舍のフィナーレとが重なり、この新作への興味が更にふくらむ。そして、期待せずにはいられない理由がもう一つある。ASA-CHANG&巡礼が音楽を担当するのだ。

そういえばイデビアン・クルーとASA-CHANG&巡礼、ダンスと音楽というジャンルの違いがあるが、誰にも真似できないクリエーションのセンスがどこか似ている。そこで井手茂太とASA-CHANGに、二人の共同作業がスタートしようとする8月初めに話を聞いた。

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イデビアン・クルーの舞台で、ASA-CHANGが音楽を担当するのはこれが初めてではない。イデビアンの看板ダンサー斉藤美音子がASA-CHANG&巡礼のイベントで踊ったりしたこともあり、ASA-CHANGは斉藤をとおして井手と出会った。井手はASA-CHANGの音楽を聞いてすぐに「はまってしまった」と言う。それがきっかけで二人の共演が実現したのが、2003年の『理不尽ベル』。二十数台のママチャリに乗ったご婦人方が、赤い絨毯の上を走り抜けるという、井手らしい奇想天外な発想に、ASA-CHANGのちょっとオフビートな音楽が生きていた。ASA-CHANGもまたイデビアン・クルーの作品にはまってしまったにちがいない。
やっぱり二人は出会うべくして出会ったのだろう。ASA-CHANGは井手の作品をどう思っているのか。ftf_ideasa_asa2

ASA-CHANG 井手ちゃんと僕と似ているなと思うこともあるんです。例えば表現のなかに恥じらいとか、どこかに向けた憎悪みたいなものが隠されていたりとか。あと、日本人独特の「どうも、どうも」みたいな、あまり意味のない繰り返しってあるじゃないですか、そういうのが僕の音楽になったりするけれど、井手ちゃんにもそんな動きがある。よくそんなのが生まれてきたなっていう動きが、繰り返される。井手ちゃんの作品見に行くといつも勉強ばかりさせられるんですよ。笑えるんだけど、笑えない、コミカルなんだけど、ぐいぐいきちゃうとか。

男女別々の作品をつくる

『理不尽ベル』のあと、現在まで二人のあいだに交流はあったが、一緒に作品をつくるチャンスは生まれてこなかった。『シカク』は、互いに気持ちを通わせていた井手とASA-CHANGの満を持しての舞台である。稽古はまだ始まってないが、井手の作品に対するASA-CHANGのイメージはかなりしっかりしている。

ASA-CHANG 初回のミーティングから、井手ちゃんからお腹いっぱいになるくらいのイメージをもらっています。もう音楽つくるには充分くらいのイメージ。納得できるくらい、たくさんの情報量です。その手渡されたイメージから先に音楽をつくって、井手ちゃんに差し出したいと思ってます。

では井手が彼に手渡した作品のイメージとは、どんなものなのか。

ftf_ideasa_ide井手 4人がルームシェアしていて、たまにキッチンとかで一緒になる。あるいは、マンションの別々の4部屋かもしれないし。いずれにしろ4人が、空間をシェアしているという状況を、男女それぞれのヴァージョンでつくるんです。男性女性を混ぜてつくると、かえってありがちなシチュエーションができてしまうので、それなら別々にしようと思いました。女子寮のなかの女同士の目線とか、男子寮のなかの男同士の目線とか・・・。昔からこういうふうにして男女別々の作品をつくってみたいと思っていました。

なるほど、これはかなり興味をそそられる。この状況設定は井手の得意とするところだ。井手作品の傑作のひとつ『政治的』(2007年)では、会社のオフィスらしい2つの部屋で異なった情景が同時進行していた。翌年の『排気口』は大きな旅館のいろいろな部屋が透けて見えるような情景をつくり、そこで旅館にうどめく多様な人間模様が展開した。『シカク』も井手にとっては手だれの空間になるだろう。

じつはハードルの高い挑戦

しかし同じ作品で男性版女性版をつくるというのは、井手に限らず他の振付家の作品でもあまり聞いたことがない。「ジェンダーレス」とひと口に言っても、社会文化が育む男女差は根強くあり、両性の行動パターンや仕種の多様な差があるものだ。そういう姿態や動態の男女差を、巧みに利用して振付家は作品をつくる。そう考えると人一倍動きのボキャビュラリーが豊富な井手にとっても、『シカク』は新しい挑戦である。

石井 もちろん同性間にも、愛情感じたり感じなかったりとかあるけれど、『シカク』はもっと乾いた感じになる?

井手 そう、もっと乾いた感じになると思う。そのなかに一人変な人がいて他の人たちが影響を被ってゆくとか。それを男性版女性版でつくる。どっちのヴァージョンでも踊りの振りは、まったく一緒にしようと思っているんです。もちろん女性だったらスカートさばきとか男性とちがう部分はあるけれど、基本は同じベースでやってみたいなと思う。どうしてそういうこと考えたのかというと、男性女性によってということでなく、人によって動きの質って違うでしょ。今回男女を分けることにより、その違いがどんなふうにでてくるかが興味深いです。

石井 一般的なレベルでの男っぽい動き、女っぽい動きとは違ったものを抽出するということですね

井手 それとあと、いわゆるダンスの動きではなく、日常の例えばコーヒーカップを持ち上げるとかとか、そんな種類の動きをつくっていきたい。そこから生まれる男性版女性版のちがいって面白いのでは・・・と。

石井 それは男女一緒につくるより難しいですよね。男女間にありがちの愛情とか嫉妬とかダンスでよく描かれるけど、それができない。

井手 そう。だからじつはハードル高いんですよ(笑)。

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ダンスと音楽が脱臼して出会う

男女別々ヴァージョンをつくるというプランに対して、音楽のASA-CHANGはどう対応するのか?

ASA-CHANG じつは、それに対してはあえてあまり考えていないんですよ。井手ちゃんからいただいた情報から音楽つくるけれど、逆に井手ちゃんのイメージにはまらない音楽ができて、井手ちゃんがそこから新しいダンスを生み出すというのも面白いと思っています。今回、井手ちゃんはジェンダーとかから離れて、井手ちゃんのピーピング能力がでてくると思う。井手ちゃんって、社会に対しての覗き屋なんですよ。そういうところが大好きで、そこに音が乗っかったり、突ついたりできればいいなと思う。音づくりの過程では男性女性は考えてない。同じビートが連続していって脱臼するような感じをやってみたい。井手ちゃんの動きも脱臼するところがあるから・・・。そういう動きの脱臼と音楽が脱臼するところがつながるといいなと思ってます。

ASA-CHANGと井手茂太はどこで、どこでどんなふうに脱臼するのか? そして井手の「ピーピング能力」? これは予想がつかない。観客も変な先入観をもっていくと、自分自身の思わぬ「シカク」を突かれるにちがいない。

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撮影協力 カクルル

ftf_ideasa_naka2井手茂太
振付家・ダンサー。ダンスカンパニー「イデビアン・クルー」主宰。既存のダンススタイルにとらわれない自由な発想で、日常の身振りや踊り手の個性を活かしたオリジナリティ溢れる作品を発表し、国内をはじめ、ドイツ、フランス、イギリスなどの23都市、のべ34箇所で作品を上演。また振付はもとより、個性派ダンサーとしても注目を集める。 近年では、椎名林檎、星野源等のMVの振付や出演、シェイクスピア『テンペスト』(白井晃演出)、NODA・MAP『逆鱗』(作・演出:野田秀樹)などの演劇公演の振付やステージングも手掛けている。

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渡辺サブロオ氏のアシスタントを経て、SASHU所属のヘア・メイクへ。80年代中~後半にかけて、Olive、anan、キューティー等、ファッション誌や、小泉今日子、本木雅弘、山瀬まみ等の当時のカッティング・エッジなアイドル、タレントの仕事を数多く手掛けるも、89年に東京スカパラダイスオーケストラのパーカッション兼バンド・マスターとしてデビュー。その自ら創始した東京スカパラダイスオーケストラがブレイクを果たすが、93年に脱退、フリーランスに。スカパラ在籍時から、その特異なライブ・パフォーマンス、プレイは注目されていたが、独立後の数々のセッション・ワークにより、ドラマー、パーカッショニストとしてその存在を知られるようになる。いわゆるラテン・パーカッション系だけでなくインド・アジア系から玩具類、ガラクタ、シンセ音などを散りばめ、楽曲にアプローチする彼独特のプレイスタイルを確立し、ドラマーとしても躍動感のある唯一無二のそのビートは、パワフルさと繊細さを兼ね備え、数多くのアーティストからの信望を集めている。ポップとアバンギャルドを軽々と行き来する様々な活動は、多くの注目を集めている一方、作曲・アレンジもこなすプロデューサーとしても活躍している。

ftf_ideasa_ishii石井達朗
舞踊評論家。ニューヨーク大学大学院演劇科フルブライト研究員、同パフォーマンス研究科ACLS研究員を経て、慶応大学名誉教授、愛知県立芸術大学非常勤講師など。関心領域は、祭祀、サーカス、パフォーマンスアート、ポスト・モダンダンス以降のダンス。著書に『異装のセクシュアリティ』『身体の臨界点』『サーカスのフィルモロジー』『男装論』『ポリセクシュアル・ラヴ』ほか

 

 


シカク_メインビジュアル同時進行する4つの生活=ダンス。「原点」から送り出す実験作
伸びやかでポップな感性と鋭い切れ味を併せ持つ振付家・井手茂太。ミュージックビデオや演劇作品の振付でも活躍する彼が率いるダンスカンパニー、イデビアン・クルーが初めて、F/Tで新作のクリーエーションを行なう。→続きを読む
イデビアン・クルー 『シカク』
振付・演出:井手茂太、音楽:ASA-CHANG&巡礼
会場:にしすがも創造舎、日程:10/21 (金)-10/29(日) チケットはこちら→